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第29話
説明もそこそこに、駅に着くと威軍 は、父の運転する車から飛び降りた。
〈今夜は、帰らないかもしれない!〉
それだけ言うと、駅の構内へと駆けていく。
列車に飛び乗り、車内でもずっと威軍は志津真とチャットのやり取りをしていた。
列車の到着時間を知らせ、ホテルの部屋番号を確認し、駅からホテルまでのおよその到着時間も教えた。
志津真の方は、イベントの結果や、クライアントの反応など仕事関係の書き込みが多い。
もうそこまで来ているというのに、会えないもどかしさからチャットの回数が増える。バッテリーが目に見えて減っていく。
それでも、今は互いを繋ぐ回線を断つことは出来なかった。
およそ1時間かけて、列車は北京 北 駅に到着した。
みっしりと言えるような人混みの中、威軍は人を掻き分け前に進む。
駅を出ても、周辺は何を待っているか分からない人たちが、大きな荷物を手に、立った人、座っている人などゴチャゴチャしている。
気持ちが逸る威軍は、駅前からすぐにタクシーに乗りたいと思うが、この人だかりではタクシー乗り場に並ぶことも、アプリでタクシーを呼ぶことも簡単ではなさそうだ。
すぐに、ここでタクシーを捕まえることを諦めた威軍は、地下鉄まで走った。
志津真が待つ北京飯店まで、地下鉄でもいくつも乗り換えなければならないが、連休中の北京市内でタクシーをせかすより、乗り換えをしてでも地下鉄の方が早いような気がする。
結局、地下鉄のおかげで、予定通り2時間後に、なんとか威軍は王府井駅に着いた。
階段を駆け上がると、すぐそこに壮麗な歴史的名門ホテルが待っている。息を整え、正面のホールから入ると、まるで王宮のようなロビーに出迎えられる。これだけで誰でも気分は国賓VIPになれる。広々とした階段を上がり、迷うことなく威軍はエレベーターホールに向かった。
***
部屋の前でドアのチャイムを鳴らし、ノックもした。
「待ってたよ」
するとすぐに、あれほど見たかった笑顔が、優しい声と共に現れた。
嬉しくて、ドアの前で動けずにいた威軍の手首を掴み、志津真は引き寄せると同時にドアを閉めた。もう、威軍は志津真の腕の中だ。
「会いたかった」「会いたくて」
2人は抱き合ったまま同時に声を上げ、ハッと顔を見合わせて明るく笑った。
「…」「…」
お互いに、何か言おうとして具体的な言葉が見つからない。ただ、見つめ合うだけで思いは通じた。
何も言わずに、そのまま志津真と威軍は熱烈なキスを交わした。
相手の熱を感じ、甘さを感じ、渇望を感じた。
全身の熱が高まり、痺れるような感覚に震えてしまう。もっと、この先が欲しい…そう気付いて、2人は一度離れた。
それでも志津真は威軍の腰に両腕を回し、威軍は志津真の肩に手を置いている。
「志津真…、抱いて、下さい…」
真剣な表情で威軍が求めた。
「こうして抱いてるやん?」
けれど意地悪な志津真は笑って、威軍の腰に回した手に力を込めて引き寄せた。
「…分かっているくせに…」
頬を染め、目を潤ませ、薄く唇を開いた威軍が、この上なく挑発的で妖艶なのを、志津真はたっぷりと堪能するつもりだった。
「何を?何を分かってるって?」
とぼけながら、志津真は威軍の頬に軽いキスをした。
「え?」
そんな志津真の悪戯に焦れたのか、急に威軍がぐいと志津真を押し戻して、自分の身体 から引き離した。
「ウェイウェイ…?」
縋るように言う志津真をジッと見詰めながら、威軍は見たことも無いような妖麗な笑いを口の端に浮かべた。
そして、次の瞬間、着ていた段ボールのような色をした趣味の悪い薄手のジャケットを脱ぎ捨て、擦り切れたような色のピンクのポロシャツを脱いだ。どれも祖母が保管していた、学生時代に威軍が着古 した服だ。
一度ここで一息つくと、呆気にとられる志津真を冷ややかに見つめ、ゆっくりと学生のような安っぽいベルトを外し、グレイの仕立ての悪いコットンパンツを下着もろとも一気に引き下げた。
それを靴下と共に左右の足を抜くと、腕時計を1つ身に着けただけの、生まれたままの姿の郎威軍が居た。
あまりの暴挙に言葉も失い、思考停止した志津真は、ニヤリと笑った威軍の目を恐る恐る見返した。
「あ!」
すると威軍は最後の腕時計までも外し、志津真に投げてよこした。慌ててキャッチし、あからさまに動揺する志津真に、威軍は悠然と言い放った。
「欲しくないなら、来ないで下さいね」
そう言うと、威軍は右手のドアを開け、バスルームに消えた。
***
シャワーの下で、威軍の全身がビクリとわなないた。
後ろから抱きしめた志津真が、フッと笑う。
「や…、いや、です…志津真…」
震えながら、威軍が喘ぐ。
それを無視するように、志津真は後ろから威軍の耳を噛んだり、首筋を舐めたりして、時折たまらなく濃艶な声で卑猥な言葉を囁いては威軍を困らせる。
威軍の白く美しい肌が淡い桜色に染まるのを確かめるように、胸や腰に手を這わせ、志津真は威軍を弄んだ。
「あ、…はっ…ぁ、ん…」
足が震え、もう立っていることが出来ずに、威軍は壁に手を着いた。それをきっかけに志津真がさらに身を寄せ、威軍を壁に押し付けるように迫った。
「どうする?前?後ろ?どっち可愛がってあげようか?」
志津真の意地悪な質問に、我慢できずに威軍の腰が揺れた。
「あ…ん…う、後ろ…。もう、準備し、まし、た…」
蕩けるような口ぶりで威軍が求めると、志津真は子供のように屈託のない笑みを浮かべた。
「大好きや。そんな優しいウェイが、大好きやで…」
威軍が先にバスルームに消えた後、志津真は威軍の脱いだ服を集め、キングサイズのベッドのカバーを外し、ドアに「请勿打扰(Do not disturb)」の合図を出し、自身も服を脱いだ。
その間に、威軍がナニをしていたのか、志津真はやっと理解した。
左手で威軍の腰を抱き、ボディソープにまみれた右手の指を、そっと威軍の中に沈めた。
「っ…あ、ん…」
およそ半月ぶりの感覚だった。
欲しくて、物足りなくて、貪欲な威軍は自分から動いてしまう。
「ウェイ…。狭いから、もう、ちょっと、我慢してな…」
威軍の体内の熱を感じながら、志津真も息が上がり、必死で乱暴にならないように抑制している。
志津真は指をゆっくり動かし、中への指を増やし、秘めやかで慎ましい威軍の入口をほぐしていく。引き締まったはずの蕾は、すでに充分に湿っていて、志津真の指のボディソープも必要ないほどに緩んでいる。それでいて中は熱く緊張していて、まるで志津真の侵攻を拒むように締め付ける。
心の欲求とは別に、体が恥じらい、強張 るのはいつもの威軍の行為のクセだ。けれど、それも、すぐに受け入れる淫猥なカラダに変わって、志津真を喜ばせるのもいつもの事だった。
「…ウェイ…」
志津真の甘い声で求められ、すぐに威軍が反応して振り返る。そのまま貪るような口づけを交わした。
「来て…、下さい…、早く」
恍惚となった威軍の求めに、すぐに応じても良かったが、志津真はもう少し身悶えする威軍の悩ましい姿を楽しみたい気がした。
(なんか、もったいない気がする…)
「ぁあ…ん、志津、まぁ…」
我慢できずに、露骨な腰の動きで誘う威軍に、志津真の余裕も吹っ飛んでしまった。
「ウェイ…、あぁ、俺の、ウェイ…」
「…っひ…っ…、あっ…あ、…」
志津真の硬く滾った欲望が、威軍の奥へと攻め込み、互いに欠けていた自分の一部をようやく取り戻したように感じた。
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