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第31話
「めっちゃ美味しかったなあ、あのヒツジ。胡麻ダレっていうのが、また美味しくてヤミつきになるわ~」
ご機嫌な志津真 は足取りも軽やかに、北京飯店の歴史的な重厚さのある廊下を、エグゼクティブルームに向かった。
カードキーでドアを開き、先に入った志津真は、明かりをつけ、ドアを支えて威軍 を待った。
後から入った威軍は、じっと恋人の目を見詰めて後ろ手にドアを閉め、そのままドアに凭 れて動かない。
「ん?どうした?」
振り返った志津真は、ドアに身を任せて様子を窺っている威軍に気付き、声を掛ける。
だが、威軍は何も言わずにうっすらと笑みを浮かべて、まるでドアに抱かれているかのように、身を捩った。
「ほら…」
要求を察した志津真が手を伸ばすが、視線だけは外さずに、威軍はイヤイヤと首を振る。
「カワイイな。甘えてるんか?」
笑いながら志津真は近付き、威軍の腰を引き寄せる。それを待っていた威軍も、優しい恋人の首に両腕を回した。
「覚悟、してくださいね」
抑えた声で、威軍が志津真の耳元に囁いた。「声優部長」にも負けないほどの甘く、切なく、濃艶な声だった。
「え?何の覚悟?お前こそ、腰が立たんようになる覚悟してんのか?」
さすがの「声優部長」の官能的な声に、威軍は我慢出来なくなり、甘い吐息と共に、全身を恋人に委ねた。
「朝まで、寝かせませんからね…」
泣きそうな声で言う威軍の唇を、嬉しそうな顔をした志津真が塞いだ。
***
「っあ…、あ、ん…」
キングサイズのベッドのヘッドボードに手を突いて、威軍は必死に声を抑えようと唇を噛んだ。
一糸まとわぬ威軍の白い裸身が、桜色に染まっているのが艶めかしく、芸術的なまでに美しい。
卑しい舌なめずりをしながら、侵攻者 はそんな威軍の滑らかな背中に大きな手を這わせ、頬ずりまでする。
「キレイや…。大好きや…」
譫言 のように繰り返す侵攻者に、威軍はベッドの上で膝をつき、腰を淫猥に突き出した。
「あ…、あ…、ぅ…ん」
壁に縋りついていた手に力が入らなくなった威軍は、ズルズルと滑り落ち、枕に顔を埋めた。これで声を抑えられると、少しホッとしたのか威軍から余計な力 みが消えた。
「ひっ!…い、いやっ…」
その隙に乗じた志津真が、威軍の中に挑んだ。熱く潤んだ威軍の中は、志津真を待ち焦がれ、歓喜にうねった。
数時間前に、同じ場所に収まったはずの剛直が、今度はさらにその存在を主張してくる。その尊大さに威軍は息も継げなくなった。
「さっきより…、狭いな、ウェイ…」
「あ、なた…のが、大き、い、んです…」
扇情的な会話を交わしながら、志津真は奥へ、奥へと侵攻する。
「あ、だ、ダメで、す…。そこ、ソコは…」
「ウェイ…。ココ、好き、やろ…?」
息も絶え絶えになりながら、志津真は威軍の弱点を攻め続け、威軍は物欲しげに腰を揺らした。
「ほら…、気持ちエエか?」
威軍を夢中にさせる悩ましい声で、志津真が煽る。それにくすぐられたように、威軍は身悶えし、法悦を感じて震える。
それを確かめ、さらに悦びを与えようと、志津真はすっかり濡れそぼった威軍の前に手を伸ばした。
「っは…ぁ…ん…」
後ろと同時に前も愛でられて、威軍は全身で悦びを表現する。そんな素直な恋人が嬉しくて、志津真もさらに深く、激しく、強く、攻めてしまう。
「ウェイ、…ウェイ…」
「…志津真…」
深く交わるという行為が、これほど現実味を持っていることを2人は改めて痛感していた。
自分の一部が恋人の物となり、恋人の一部が自分の物となるのが、確かに分かった。
やがて、それが至福となり、体だけでなく、心も、魂も何もかもが満たされた。
やがて、息を整えながら、2人は子供のように手を繋ぎ、ベッドの上で並んで横になっていた。
「ありがとう、な。ウェイウェイ」
志津真は高い天井を見上げたまま、威軍に声を掛けた。
「何が、ですか?」
グッタリと四肢を投げ出した状態で、俯せになった威軍が応える。
すると、急に志津真が身を翻して威軍の背後に乗り上げ、ギュッと抱き締めた。
「今夜は、最高やった…」
耳元で優しく囁く志津真に、威軍はクスリと笑った。
「忘れていませんか?」
「?…何を?」
威軍は志津真を振り払うように体を回転させ、あっと言う間にキョトンとする志津真を、上から押さえつけるような形になった。
「え?」
半笑いの志津真の肩を抑え付け、威軍は笑った。
「朝まで寝かせない、と言ったはずです」
そう言うと威軍は、志津真の唇を奪った。強引なまでに激しく肉感的な口づけを、何度も繰り返し、ようやく威軍は顔を上げた。
その美貌は、先ほどまでの妖艶で物欲しげな顔つきではなく、たった1人の恋人しか知らない穏やかで柔らかな笑顔だった。
「ねえ、怪我はもう大丈夫なのですか?」
優しく問いかけ、答えを引き出すように軽く甘いキスを1つ与えた。
「肩はもう完璧に治った。足は…まあ、まだちょっと気にはなるけど、骨は付いてるし問題は無いらしい」
そう言って、志津真は右足を持ち上げ、ニヤニヤと笑って見せた。
そんな元気なおふざけに、威軍も同じように微笑み、ご褒美に、もう1つソッとキスを与える。
一時は、その命を失うことさえ心配した事故だったのに、この程度で済んで、ほとんど元通りの体となってくれた、と威軍はホッとした。
こうして2人で居ることが、どれほど大切で貴重な事なのか、今回の事でよく分かった。
「ここへは、いつまで宿泊するんですか?」
「一応、ウェイウェイと同じ水曜まで休みは取って来たから、もう一泊はするつもりやけど、ウェイが休みを延長するなら…」
言いかけた志津真の口を、もう一度唇で塞いで、威軍は言った。
「大丈夫。水曜に、あなたと一緒に帰ります」
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