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第46話

「そう、アレです。お互いの好きなところを10個、言うやつ」  ユーモアたっぷりに威軍が言うと、志津真は少し不満そうに口を歪めたが、すぐに素直な笑顔に戻った。 「どっちから?」 「ん~、交互に」  2人はソファに並んで座って、互いにカップを口に運んだ。 「ん~。ほな、俺からな」  志津真はそう言って手にしたカップをテーブルに置き、威軍に向き直った。 「どうぞ」 「まずは、1つ目。賢くて、俺の事よく分かってくれているトコ」  そう言って、志津真は威軍の頬に音高くキスをする。 「…じゃあ、私の1つ目は…。いつも私を大切にしてくれるところ、ですかね」  ただの遊びのはずだったが、生来が真面目な威軍は、真剣な顔をして答えた。 「それって、ベッドの中でのこと?」 「また、そんなことを言って!」  どさくさに紛れて抱き付こうとする、志津真の悪ふざけから身をかわして、威軍は軽く突き放す。  それを嬉しそうに受けて、志津真は心から楽しそうに笑った。 「もう他に、俺を好きなトコは無いんか?」  その腕に抱くことは諦め、威軍の手を握ったまま志津真は答えを迫った。 「そうですねえ…。年の割には引き締まって、キレイな体をしているところ、とか?」  威軍もまた、志津真の意を汲んで、少しオトナの意見を述べてみる。 「ふうん。それから?」  自分の肉体が、まだ年若い威軍を魅了できていることに、志津真は満足げに笑っていた。 「常に信頼のおける上司であるところ…とか」 「却下」 「?」  真面目に答えたつもりの威軍は、即座に否定されて不思議そうに志津真を見つめ返す。 「あくまでも、プライベートな関係での話や。仕事を持ち出すのはアカン」  威軍にしてみれば、尊敬できる上司としての志津真にも惹かれているのに、そこはカウントしないのかと少し残念に思う。  けれど、志津真は聞き入れない態度だ。そこから今度は、急に悪戯っ子のようにニヤリとした。 「俺は、まだまだ言えるで」  そう言いながら、志津真は威軍の体を引き寄せる。 「睫毛が長くて、潤んだ黒目が大きくて、一度見たら吸い込まれそう眼とか」  そんな威軍の瞳をじっと見ていた志津真が、顔を近づけ、自然に威軍が目を閉じる。その瞼にソッと志津真が口づけた。 「真っ直ぐで高くて綺麗な鼻筋とか」  今度は形のいい鼻の頭にキスをする。 「もちろん、柔らかくて、ぬらぬらして気持ちいい唇とか」  唇と言いながら、そのまま舌まで入れて来て、絡ませ、吸い上げ、歯列まで舐め上げてしまう。 「首がシュッと長いところも、何を着ても似合うから好きや。それから喉仏から下の窪みまでのラインとか、鎖骨のトコとか…全部、ウェイが感じやすいし好きや」 「もう…」  赤裸々な表現が恥ずかしいのと、まだ明るい内から艶めかしい行為に引きずり込まれる後ろめたさに、威軍はまとわりつく中年男を押し返した。 「ウェイは?お前は俺のどこが好き?」  そう言われて、威軍は恋人のために最上の笑顔を添えた。 「私を愛してくれる、あなたが好きです」  志津真は嬉しそうな顔をして、コクンと深く頷いた。 「ずっと、ずっと愛してくれますよね」  甘えるように威軍が志津真の肩に頭を載せると、その髪に触れながら、志津真は柔らかく落ち着いた声で答える。 「当たり前やん」  これまでも、これからも、何も変わらずにお互いを愛している。  そんな幸福に包まれる加瀬志津真と郎威軍だった。 「おはよ~!」  翌日、加瀬部長は早出のシフトと同じ時間に出勤して来た。 「え?早いですね」  早出シフトの、第5班のアンディが出迎える形となった。 「北京土産持って来たで~」  ご機嫌な加瀬部長だが、周囲の食いつきは今一つだ。  なぜなら上海人は、首都である北京を田舎だとして軽視しがちで、北京にあるものは上海にもある、と思っているので、北京からのお土産などにも見向きもしない、という傾向がある。    ちょうど大阪人が東京を敵視するのに近いものがあるのだ。 「本場の天津甘栗チョコやで?」  ジャーン!と効果音でも付きそうな、もったいぶった出し方をした部長だったが、部下の反応は薄い。 「それ、南京路で売ってますよ」  ツッコミと言うよりは、相手にされない上司を慰めるようにアンディが声を掛ける。 「給湯室に置いておくので、みんなでオヤツに食べてな…」  がっかりした様子で、部長は自ら給湯室へ消えた。 「あれ?部長、元気ないじゃない?」  資料室から戻った、こちらも早出シフトの、営業第4班の金梨華が、部長の背中に気付いてアンディに話しかけた。 「天津甘栗チョコレートでスベッたので…」  そうアンディが苦笑いをすると、呆れたように金梨華姐さんが声高に言った。 「アホちゃう?北京のお土産に天津甘栗チョコって。それでウケると思ってたんなら、サブいわ~」  親密さゆえの辛辣さで、金姐さんは年下の部長をからかう。  だが給湯室から戻った部長は、ちょっと照れたような、困ったような、例のチャーミングな笑顔でまたもや部下の親愛を集めてしまう。 「もう、部長ってばこれだから~」  人タラシの笑顔は、母性本能を刺激するようだ。いつでも部長の失敗はからかわれるが、すぐに許されるし、心から嫌うなどと言う人間は現れない。  そんな人柄を知る郎威軍などは、まさに加瀬部長の人徳だと思うし、誰からも愛される魅力だと、ちょっとした嫉妬から来る不安まで抱いてしまう。  尊敬と信頼を集める一方で、相変わらず親しみやすい、愛されキャラの人気者の部長だったが、自分のデスクに戻る前に、第5班の郎主任のデスクの上をチラリと見た。今朝の郎主任は、自宅からの定時出勤だ。  主任のデスクの上には、可愛いペーパーナプキンの上に月餅が置かれている。中秋節で各所に配った残りや、逆に会社宛てに贈られた月餅を、社内で分けた分だ。甘い系で美味しい老舗の月餅と、しょっぱい系で美味しい系の月餅に加え、台湾のケーキ屋の入手困難な月餅という理想的なバランスの3個で、主任への気遣いが感じられる。  仕事は有能だが、自他ともに厳しく、親しみを感じさせないと思われていた郎主任だったが、近頃は主任の良さが伝わって部下にも敬愛されているようだと、上司として部長も安心する。  そして、自分のデスクに戻った部長は、あることに気付いて愕然とした。

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