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第6話

コールで担当者に連絡すると、すぐに担当治癒者から大臣から、国の重鎮がバタバタと集まって来て広い部屋の中がごった返した。 特にベッドの横に陣取って少将の手を握って離さないあの巻き毛の若い男はどこかで見た事ある気がするけど、もしかして王太子じゃないのかなと思う。 いくら少将でも王太子が飛んで来るってどうなんだろう。 少将の手を握って離さない王太子が見つめる先では、白衣の担当治癒者が仰々しく少将の意識確認を行っている。 それにしてもみんな見事におっぱいをスルーしているって事は、違和感が無いかもしくはとっくに知っていた。 それとも全然見えないけど、やっぱり少将は女性なんだろうか。 「どうだ」 王太子の問いかけに、担当治癒者はゆっくりと首を横に振った。 「いえ、反応は有りません」 そんなはずは無いと王太子が食ってかかっている。 「意識が戻ったと聞いたぞ」 「コールが間違いだったとしか……」 お偉いさん達は全員明後日の方を向いて、まずい事になったと顔に書いてある。 誤報で重鎮をこれだけ集めてしまった今現在の状況がまずいのか、それとも禁忌魔法を使ったとされてしまうかも知れない事がまずいのか。おっぱいがマズイのか。多分全部がまずいんだろう。 「間違いでは無いですよ」 押しやられた部屋の隅から、俺は声を上げた。 「しっかり目が合いましたし、瞳孔は開いて無かったです」 そしておっぱいが有ります。 「急にはっきりと目覚める方がおかしいのです。君は誰だい?」 そこは部屋に入ったらまずツッコむ所で、もし俺が刺客だったら少将がとっくに死んでる。せっかくあんなに頑張って助けたのにこんなガバガバな警備じゃ。 「すみません。セレスと申します。階級は軍曹、ニ病棟を受け持っております」 「そんな君が何故ここへ?」 「緊急時の招集担当は、エリアAの第二です」 白衣の治癒担当者は俺がエリアAの第二担当と聞いて何者なのか察したらしく、さっと頬を引き締めた。 あからさまな変化、俺の待遇はよろしく無い方向にあるらしい。きっとそのうち処分が下されるのだろう。 俺はベッドの横に移動して、眠る少将の顔を覗き込む。 「さっきはこうやって診察させていただいていたんですが……」 と左手を少将の胸の上にかざして魔力を流し、再現を始めたのだけど、ふと見ればガイ少将ははっきりと瞼を開けてその大きな瞳で俺を見ていた。 「どけっ」 気付いた担当治癒者に突き飛ばされて、俺はまた部屋の隅まで押しやられてしまった。 しばらくして意識の確認を終えた治癒者が、気のせいですと首を横に振る。 王太子が再び食ってかかり、おかしな事もあるもんだと俺は再度ベッドの脇に並んで、少将の手を取り脈拍を数えた。そうすると少将はぱっちりと目を開けて、あっと感極まった王太子に突き飛ばされた俺は少将の手首を離してしまった。すると少将は瞼を閉じてぐったりとしてしまう。 これは……もしかして。 俺が触った時だけ目覚めてないか? 正確には魔力を流した時。 試しにチョンと指先で手首に触れて魔力を流すと、少将は瞼を開けた。 触れた指先を放すとスウッと瞼が下りてしまう。 触れると目が開く。離れると閉じる。開く、閉じる、開く、閉じる……と何度か繰り返している間に、大勢が詰めている部屋の中は奇妙な沈黙が落ちていた。 「この者がガイ少将に修復術を施した本人です」 白衣の治癒担当者が俺が何者なのか教えると、渋い表情の重鎮達が一斉に俺を見る。 「なんて事をしてくれたんだ!少将のおっぱいをどうしてくれるんだ!」 そこなのか。 今そこなのか。 やっぱり男性なのか。 なんて事だ、家柄も容姿も実力も最高級の三拍子揃った男に、俺はおっぱいをくっ付けてしまったのか。 そうなると少将その物がもはやギャグ。 治癒者が試しに魔力を流すけれど、少将は反応しない。 「この状態をどう考えましょう。私は魔力の問題だと思いますよ。つまり少将は現在魔力枯渇を起こしているので意識が戻らない。彼は全魔力を注いで少将を助けたと聞いています、そんな経緯から、彼の魔力なら相性が良いのでしょう」 「しかし完全に意識が戻ったら、それはそれで問題だろう」 「おっぱいバレますしね」 「激怒しますね」 目覚めて自分の身体におっぱいが付いていたら激怒するだろう。そりゃそうだ。 「鬼神さながらの少将だぞ、国が滅びるかも知れん」 「じゃあ覚醒させない方がいいと?」 「それはそれで親父の公爵が黙ってないだろう」 「国が滅びます」 「なんて事をしてくれたんだ!」 おっぱいで国が滅びる。 真っ先に殺されるのは確実に俺だ。 だいたい貴族出身の将校はお飾りと決まっているのに、ガイ少将はその中にあって国内一強者揃いの対魔団を率いていた異例の貴族少将だ。エリート中のエリートだ。規格外だ。 とにかく俺は先程誰かが言った魔力切れで意識が戻らない説を立証するために、触れた指先から魔力を流してみる。 するとベッドに横たわったままの少将がゆっくりと瞼を開けたから、そのまま流し続けると瞳に輝きが戻って唇がうっすらと開いた。 開いた唇の隙間から、ため息が一つ。 悩ましい。 何やかやと騒がしいおっさん達も思わず魅入る色っぽさ。 「……ここは……」 紡がれたのは低く掠れた、声にもならない声だった。 「何故今起こすんだ!」 爺さん達の誰かが叫んで、起きても起きなくても大騒動。 「ガイ!!」 王太子が飛び付くように少将を抱きしめてベッドの上で上半身を起こそうとしたので、俺はストップと手で制した。 「急に起こすと吐き気が起こりますので、少しずつゆっくりと起こして下さい」 「分かった。ガイ、ゆっくりだ。私は嬉しいよ、どうしよう」 王太子が時間をかけてゆっくりと少将を起こしている間に、室内では他の重鎮達が今後をボソボソと話し合っていた。 「けれどあの治癒者からの魔力を途切れさせると気を失うのだろう?もう役には立たないな」 「現段階では、でしょう。そのうち回復しますよ」 「じゃあ怒る前に乳房除去術でも」 「無理だろう、自分の魔力が回復する前にそんな事をしたら、どうなるか分からん」 「死んだら公爵が黙って無いぞ」 「なんて事をやらかしたんだ」 「とにかく、今後の事は少将自身の魔力が回復してからで。枯渇している状態では何をするのも危険です」 「とりあえずあの治癒者を四六時中貼り付けとけ、あの者も追って処罰しなければならないが、少将に必要なうちは生かしとけよ」 なんて事だ。聞いてしまった。

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