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第12話

それから中将に大将、元帥と滅多にお目にかかれ無い大物への挨拶周りに付き合わされて、心底辟易しまくった末に連れて行かれた先は、なんと王宮だった。 しかも通されたのはカルロス王太子の部屋と来たもんだ。 少将の付き人は気苦労で死にそう。 煌びやかな装飾品と見たことも無い高級な家具に囲まれた部屋に面くらい、良かった良かったと満面の笑みで迎える王太子殿下に面くらい、俺はいったいどうしたらいいんだろう。 「私とガイは幼馴染でね。ガイが対魔団に入ると聞いた時はいつか死ぬんじゃないかと怖かったけれど、君が居てくれて本当に良かった」 目に涙を浮かべてありがとうと俺の手を握るのは、少将では無くて王太子殿下の方だ。 自慢じゃ無いが俺なんか平民で本当なら王宮になど近付けない。しかも王太子の部屋で本人と喋ってるって、今現在俺の周りで天変地異が起きている。 ガイ少将は慣れた様子で立派なソファーに足なんか組んで座っていて、礼儀も何もあったもんじゃ無い。 「カルロスに頼みたいのは軍の上層部がセレスを糾弾しないように手を回して欲しい」 「もちろんだよ!じーさん達は決まりだなんだと頭の硬い、そんな事を言っていたらガイは今ここに居なかった」 「良かった。あと治癒の大佐がセレスを手放さないんだ。セレスを私の直属に配置替えしてくれ」 「それはやめて下さい、俺に対魔は無理です」 どさくさに紛れた注文をすかさず拒否した。 「二人はすっかり仲良しだね」 俺達を見て仲良しだと微笑む王太子は人が良いと言うか、ちょっとズレてるというか。 実はねと、王太子は苦笑する。 「昔からコイツは死にたがる。対魔に行ったのもその理由で、まぁ簡単に死ねる程弱くは無かったので鬼神のごとく手柄を上げる事になったんだけど」 チラリと横に居る少将を見ると、昔話にため息を吐きながらも王太子の口を塞ごうとはしなかった。 「持って生まれた魔力が強すぎたんだ。何でも過ぎた物は敬遠される。幼いガイにとって自分の持つ魔力を恐れられているのか、それとも自分が嫌われているのかの区別は難しい」 つまりみんなが怖がって近付かないのは、自分が嫌われているからと思ったって事だろう。強すぎる魔力を持った人の悲劇としてはよく聞く話だ。 しかし死にたがるなら、俺がやった事は少将にしたらいい迷惑だったんじゃ……。 少将を伺うと、そんな事を気にもせずにテーブルの上に置いたままになっているティーカップを顎でしゃくって俺を見た。 飲ませて欲しいらしい。 殿下の前なのにこの子は本当にバカなんじゃないだろうか。 飲ませてあげない俺に少将は軽くため息を吐く。 「私は魔力封じの魔法陣が張り巡らされた地下牢で育った。鉄格子の窓から見えるわずかばかりの空が、私の知る外の世界の全てだった」 「え?地下牢?」 「幾らか魔力を制御出来るようになってやっと地下牢から連れ出されたけれど、その時には言葉もろくに分からない、動物のような有様になっていた。そして私は人間らしい感情を持っていなかった」 衝撃。 与えられたのは必要最低限の食事と生きるだけの環境だけという事で、言葉もろくに掛けて貰えず、たった一人だったって……ガイ少将がそんな。 腹に沸々と怒りが込み上げる。 感情を向けて貰えない、向ける相手もいない。幼い子供がたった一人で、それでは心が死んでしまう。公爵はそれで人が育つと思っていたのか。 「地下牢から出された私は公爵家の人間に相応しい徹底的な教育を施された。その甲斐あって人間の真似は出来るようになったが、人にはなれない。私には感情が無い」 「そんな事は……対魔団のみんなはガイ少将の事を慕って、ガイ少将に着いて行ってるじゃないですか。信頼出来ない指揮官に命は預けられないですよ」 そうだ、誰よりも高貴で美しく、誰よりも強く、そして誰よりも優しい気遣いの人で、下の者とも親しく会話をしてくれて、更に命をかけて隊員を守る理想の将校。 出来すぎている。 俺の顔を見て、ガイ少将は薄く微笑んだ。 「彼等が望む理想の指揮官を演じているからね」 壊れている。 少将はとっくに壊れている。それは幼少期を過ごした地下牢の時から。 「死にぞこなって気が付いたら、常に私の側に居て私に触れ、私の世話をする人間がいた。嬉しかったんだ。セレスが私の側に居る理由が分かって、離れたら私が死ぬから離れられないんだと知った時はとても嬉しかった。セレスには酷い話だ」 少将は自分の身の回りの事をほとんどしない。 特に酷いのが食事で、食べさせてやるまで食べない。おかげで俺は人前で少将にあーんさせて食べさせるという芸をやるハメになった。 そこにそんな理由があるなら、幾らでも食べさせよう。 「お茶飲みます?」 意気込んでカップを少将の口元に運ぶ俺に殿下は驚いて苦笑いになったけれど、何かを納得したように頷いていた。 「こんなに簡単に引っかかるなんて、君は優しいね。だけどそれじゃガイの思う通りだから、心は開かないよ」 それは、どういう意味だろう。 「それでも私は嬉しいけどね」 そう言って微笑む王太子殿下は、最初の印象とは違ってとても思慮深く見えた。

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