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第15話
なんだかんだと遅くなってしまって、もうお昼だ。
食堂に行こうと言いながら少将は書類の束を取り上げている。
「あの、少将は今、病欠中ですよね?」
「そうだが、なにか?」
本気で意味が分からないという視線を向けられて、ワーカーホリックだと黙った。休みの日でも大人しく休んでいられない人種はたまに居て、だらける事が大好きな俺からしたら正しく病気だと思う。
付き合いたくない。
「いえ、お供致します」
しかし付き合わないわけには行かない。俺こそが二十四時間勤務休み無しの強制労働者。奴隷もびっくりな労働条件。
それにしても動き出すと早い。
昨日も思ったけど、少将は行動が早くて急がないと追いつかない。人の二倍も三倍も仕事をする人は何に付けても早いので、少将はそうなのだろう。
こういう人と一緒に動くのは大変だ。
「どこの食堂ですか」
「訓練棟だ。あそこが一番手軽くて早い」
訓練棟とはその名の通り軍事訓練施設で、対魔の本拠地みたいな所。
辿り付いた食堂は筋肉でごった返していた。
団への挨拶は昨日済んでいるので、そのまま空席へと向かう少将と一緒に歩いていると、アイツ誰だ?と事情をまだ知らない人の囁く声が聞こえて身の置き場が無い。
ガイ少将程の有名人が無名の軍曹と連れ立っていては不思議に思われるのも当然で、肩身が狭くてたまらない。
日当たりのいい席に誰かが食事のトレイを二つ用意してくれていて、少将は当たり前のようにそこに向かう。
席に着くと少将は持って来た書類の続きを読みながら承認印をポンポン押して行く。
もちろん両手が使われているので給仕は俺だ。この場合の給仕とはスプーンを口元まで運んで食べさせる事を言う。
まさかここでやるのかと思ったけれど、昨日王太子殿下の前で同情から何でもやると決めてしまったんだ、仕事と割り切ろう。
俺は割り切れば摘便すらも出来る治癒者だ。出す世話より入れる世話の方がずっといい。
これは仕事だ。
という事で少将の口にスプーンを運ぶ。
食堂内でどよめきが巻き起こった。そりゃそうだろう、鬼の少将が白衣の治癒者を専属に付けて、飯の世話までさせているのだ。
口まで運ばせるこの行為は奴隷扱いに見えるのか、それとも別の意味で受け取られるのか……。
俺には恥ずかしくて周囲の反応を伺う余裕が無い。
念じるのはただ一言。
これは仕事。
これは仕事。
これは仕事。
「お前も食べておけ、終わったらすぐ出るぞ」
片手で食べさせるのは難しく、自分の方がまるで減らない俺のトレイを見て少将が言う。
「食べます。ところで少将、一度精密検査を受けて欲しいのですが」
精密検査、という所にあえて力を入れて言う俺は周囲に自分の潔白を証明したい。
「断る」
「申し訳ありませんが、これは俺の仕事ですので引けません。安心のためにお願いします」
強く言ったら、少将は書類から視線を上げて俺を見た。
「分かった。セレス、食事を取ってくれ」
俺の方から少将に触れていたのだけど、両手が使えないのは不便と思ったのか少将から肩に触れてくれた。これで俺は両手が使えるので、その隙に大急ぎで掻っ込む。
「お前、ハムスターみたいになってるぞ」
隣から俺を眺めて、コーヒー片手にくすくす笑ってる。
「放っといてください」
「検査日程は?」
「少将のお手隙の時に。治癒棟の第二で俺がやります」
何しろおっぱいがあるので他の人には任せられない。
「分かった。では、ミシェール」
ちょっと呼んだだけなのに、先日紹介された金髪細身の綺麗な男がすかさず少将の斜め後ろに現れて、流れるような動きで膝を折った。
「ここに」
凄い、さすが対魔団の騎士様、所作の一つ取ってもため息が出るほど美しい。
「私のスケジュールに検査を入れてくれ」
良かった、これで検査を受けてくれるだろう。
「あと一個質問なんですけど」
モグモグしながら少将を見ると、どうにもこうにも笑いが止まらないという風に口元に手を当てて噛み殺している。
「え、俺、変ですか?」
「いや、急がせて悪いね。なに?」
「退院後はどこに?」
ホテルじゃないのでいつまでも置いて貰えないのが病院。
少将が個人宅に住んでるのか寄宿舎に部屋を持ってるのか知らないが、そうなると俺はどうすればいいんだろう。
「私は寄宿舎に部屋を借りているので、セレスはしばらく私の部屋に同居を頼みたい」
そうだろうなぁとは思っていた。
三十分しか離れられないのだから、そういう事だ。
「面倒なのですぐ退院しよう。ミシェール、退院手続きと荷物の移動を」
「承知致しました」
そこで少将の側に控えたままのミシェールを見ると、ガチッと音がしそうな程に視線がぶつかった。
「治癒隊は随分と礼儀が無いのですね」
鼻で笑いながら嫌味を言われて、なるほどなと思う。
こいつは俺が気に入らないらしい。
「うちの隊長は細かい事より仕事しろって人なので」
「治癒の何隊でしょうか」
「第二で、クライル大佐になります」
そう言ったら、ミシェールはあぁと頷いた。
「クライル大佐は確か兵士でしたね」
「何か問題あります?」
一般からの入隊は兵士になるので少尉から入隊する騎士よりも階級が下なのが普通だ。けれどクライル大佐は二等兵から爆速している異例の大佐。バカにされる謂れは無い。
「御本人は随分と優秀な方のようですが、部下がこれでは品性を疑われます。お気をつけ下さい」
「御本人も品性に欠けてますけど、うちは全員優秀なのでご安心ください」
言い返してやったら、少将がぷっと吹いたからびっくりした。
いつも穏やかな笑みを浮かべている人ではあったけど、こういう笑い方は初めて見たかも知れない。
「対魔では上下関係は絶対です。例え他の隊であっても。失礼ですが……」
仕事なので白衣を着ている俺の肩には軍曹を示す階級章があって、ミシェールはそれをしっかりと見ていた。
にも関わらず俺本人に言わせるのだ。
「軍曹です」
「立場をわきまえろ、蟻が」
この野朗……。
「そこまでだ。ミシェール、彼は私のために派遣されている、丁重に扱え。セレス、ミシェールの言う通りだ、節度を持つように」
「はい」
怒られた。
まぁ言われて当然なので二人揃って謝ったけど、こうもあからさまだと気に入らない。
「しかし一言だけ言わせて下さい。俺はどうあれ、クライル大佐をバカにしたのは取り下げて欲しいです」
「セレス、グラウンド百周するか?」
「望む所です」
やれやれと、少将がため息を吐く。
「私は付き合いたく無い」
俺が走れば少将も走る事になる。
その言葉で思い出したのだろう、ミシェールが渋々失礼しましたと小声で言った。
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