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第16話
「……って事があってさぁ」
午後からの少将の予定は軍事会議だった。
この隙を狙って、三十分なら離れられるので俺だけ病院の第二隊に荷物を持ちに来た。
少将のカルテは勿論必要だし、ちょっとした医療器具や普段使っている仕事道具も手元に置きたい。
「へーぇ、ガイ少将って人望の人なんだな、噂と違って」
スタッフルームで荷物をまとめる俺の愚痴を、同僚の一人が連絡事項を記入しながら聞いてくれていた。
「けど対魔のミシェールって金髪にすっげーバカにされた」
「そんで帰って来ちゃったの?」
笑われて、そんなんじゃ無いけどと俺は首を横に振る。
「対魔のミシェールは中尉だろ」
「中尉!?」
なんだ、うちの大佐をバカにしたからもっと上なのかと思ったら、クライル大佐よりも全然下じゃないか。二十代半ばに見えたので、少尉から始める貴族の騎士ならちょっと出世が遅い。
その理由は枕営業の失敗だと教えて貰った。
「王都の警備隊に居たらしいけど、そこの隊長と不倫して対魔に異動になったんだってさ」
「綺麗な人ではあったなぁ……」
ミシェールを思い出して呟くと、お前も負けて無いよと慰めを貰う。
正しく慰めだ、チビでガキくさい俺がモテる訳がない。
俺の髪は薄い茶髪でよくある色だ。日に当たる事が少ない室内職なので肌色も生白くて、一般町民の方がよっぽど健康的。どう見ても兵士には見えない。最も肉体訓練よりも現場仕事の治癒者は大概そうだけど。
大きすぎる目も男らしく無いし、良くも悪くも女顔。
「ミシェール中尉はガイ少将と噂があるなぁ。お前が邪魔だから目の敵にされてんじゃないの?」
噂が本当なら最初から敵視の理由はそれだろう。
だけど俺の存在など関係無く、おっぱいがあるのだから……いや、それも有りか。いずれ除去するなら今だけオプションとして楽しめる。
本当に付き合っているのだろうか?
ミシェールとガイ少将は。
それは嫌だ。
そんな考えを、奥のデスクでガンガン指示を飛ばすクライル大佐の声にかき消されてハッとした。
「八号室のばーさんが冷や汗かいて震えてる?あの人糖尿病だろ、ブドウ糖飲ませとけ。急患が入る?後にしろ後に!誰かそこのハゲが魔物に噛まれた解毒!あーっ!あっちもこっちもうるせぇなぁっ!全員プラセボ飲ませて黙らせとけよ、お薬大好きなんだからさぁっ!」
……適当だ。
庇った俺がバカらしくなるほど適当だ。
それにしても院内は相変わらずの忙しさで、次々と運ばれてくる患者に白衣の治癒者がバタバタと走り回り、大佐大佐と指示を仰ぐ。
考えてみればこれだけの騒がしさの中で全てを見て聞き分けて指示をしているのだから、やっぱり大佐は凄い。
「なんだ居たのか、セレス。コーヒー」
目が合った途端に言われて、俺は休憩室で久しぶりに大佐のためにコーヒーを淹れる。何でも手間を省く大佐はインスタントのブラック。お湯を注ぐだけ。
それを持って大佐のデスクまで行き、近くで見た眼鏡の奥の目の下に隈が出来ていた。ちょっとやつれたやさぐれ感が不思議と似合う。
「お前いないと疲れるわぁ、早く帰って来いよ」
「でしょう?」
笑ってやったら、椅子に掛けたまま隣に立つ俺を見上げるクライル大佐に鼻で笑って返された。
「大丈夫か?ガイ少将のお守りじゃ荷が重いだろ」
「うーん、周囲の視線とか軽くは無いですけど、ガイ少将は噂より全然優しくていい人なんで思ったよりも楽です。良くして貰えてます」
「あぁ、あの人はね。ふーん。あぁ、そう。ふーん」
物凄く胡散臭そうに見られた。
「お前やっぱ引き上げて来い。別に魔力補給なんざ相性とかどーでもいいだろ、向こうがやめてくれって言うまで交代で全員送り込む」
「いやいやいや」
本当にやりそうだ。そんな事をされたらおっぱいがバレる。
「だいたい、こっちから持って行かないで自分の所で何とかすりゃいいんだ。こっちは忙しいんだからさ」
だからそれやったらおっぱいがバレる。
「俺のせいなんで、自分で最後まで責任持ちたいです」
「別にお前のせいじゃないだろ。ホラ」
ホラと投げ渡されたのはファイルの束で、俺はまさかの物に驚愕した。
「それ全部看護計画作っとけ、後で取りに行く」
なんて人だ!
荷物を持ちにちょっと寄っただけなのに、手間ばっかかかって面倒くさい仕事を大量に振られた。
「そりゃ無いですよ」
「ガキのお守りしてられるほど暇じゃねぇって見せつけて分からせろ、俺だって自分の物をいつまでも貸してやりたくはねぇんだよ」
ガイ少将をガキ呼ばわりとは、さすがクライル大佐。怖い物無し。
「とりあえずもう行け、仕事はやっとけよ」
壁の時計に視線を走らせたクライル大佐に追い出されて、俺は大荷物を抱えて会議室に走った。
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