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第21話

夜になって寄宿舎に戻ってから、俺は少将に三十分時間を貰ってクライル大佐の部屋に行こうとしたのだけれど、あっさり断られた。 「大佐をここへ呼べばいい」 「いやぁ……」 そんなの絶対嫌がるに決まってる。 少将に取り入って引き立てて貰おうとかの下心とは無縁の人だし、かと言ってみんなの憧れガイ少将を尊敬している気配なんか微塵も無いし、クライル大佐はクライル大佐の道を行く人だから。 「私が一緒だと都合が悪い?」 ……不機嫌だ。眉間に皺が寄って、柳眉が切れ上がってる。 ちょっと不思議なんだけど、誰に対しても優しいガイ少将がクライル大佐にだけ素っ気無い。寄宿舎の同じ階に部屋があるのに知らないと言ったり、顔を見ても一言も声をかけなかったり。 訓練中は団の一人一人にわざわざ全員声を掛けてまわり、そうで無くとも誰をも平等に受け入れるのに、態度が違い過ぎないだろうか。 しばらくして、呼ばれてやって来たクライル大佐は、完全な無表情でガイ少将に向かって深く礼をした。 年は若くてもガイ少将は騎士だし公爵家の出だし、何より階級が上なのだ。絶対的な立場の差がある。そんな人のプライベートルームに呼ばれるなんて、きっと大佐には物凄く迷惑なんだろう。 ガイ少将はソファーで足を組んだまま、無言でテーブルを挟んだ向かいの席を示す。 「失礼します」 ……空気が重い。 「えーと、すみません、大佐を呼んだのは俺です」 重いというよりも凍っている。 「ガイ少将の症状と治療について相談したくて。まず仮説なんですが、俺が少将を再生した時に少将の魔力を俺の物に変えてしまって、それで器、つまり少将の身体が魔力を発動出来ないんじゃないかなって」 そう言うと、大佐はひょいと片方の眉だけを器用に跳ね上げて俺を見た。 「あぁ、二人の魔力の波動は同じですね、セレスの波動です」 人によって魔力の波動は違うから、与えられても十分には使えない。しかしガイ少将は俺の魔力をすんなりと吸収して魔力枯渇を補っているのだから、そういう事だ。 「セレスが考えたのは、ガイ少将の元々の魔力に近い人の魔力で少将を再生し直せば治るんじゃないかって事だろ」 言われて俺は頷いた。 さすが大佐、話が早い。 「無理だ」 しかしはっきり言い切られた。 「なんでですか。枯渇してるんだから似てる人が注ぎ込めば……」 「原因は枯渇じゃない、再生だ」 俺がテーブルの上に重ねていた資料を取った大佐がパラパラとまくり、あるページを開いて俺と少将に向けてテーブルの上に広げた。 覗き込むと魔力枯渇の症例の一つで、再生した魔力は患者本来の物とある。 「このように、枯渇した魔力を再生させてもその人が本来持っていた物になる。変わる事はあり得ない……人が変わった場合以外は」 人が変わる? 意味あり気に言われて俺は向かい合う大佐の目を見る。 眼鏡の奥の黒い瞳はきらりと煌めいていて、よく眠れたみたいだ。 「つまりガイ少将は、あの時既に死んでたんですよ。セレスがやったのは人体復元でも再生でも無い、甦りだ。死んだ人間を生き返らせた」 ドクっと心臓が鳴った。 それは禁忌の魔術で、あの時どっちになるか分からなかった。だけど治療者が少将の切断された身体を抱えていたから……対魔団の人に助けてくれと言われて、俺は少将が生きていると思い込んで、確認もしないまま全力で魔力を注ぎ込んだ。 それから大佐は資料の別のページを開いて、植物人間から回復した人の症例を示す。 「通常の人間は概ねこのように回復します。しかしガイ少将は余りにも早かった。もちろん個人差や症状の違いは有りますが、身体が受けたダメージと回復の速さが違い過ぎる。俺は患者に隠し事はしない主義でして……例えば余命宣告を酷だという意見もありますが、その人が残りの人生で悔い無く生きるために正直に話します」 少将はテーブルに広げられた症例を食い入るように読んでいる。 固く結ばれた口元と引き締められた頬で、自分の時と比べながら読んでいるのが分かった。 「ガイ少将、貴方は既に死んでいます」

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