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第23話
大佐が部屋を出て行ってどれくらいの時間が過ぎただろう。ふと、ガイ少将が立ち上がってベランダに足を向けた。
一歩遅れて立ち上がった俺に、少将は酷く静かな笑みを向ける。
「一人になりたい」
「でも……」
「後悔のある生き方ならしてる。あの人ように潔くはなれないよ」
それは三十分過ぎる前に戻って来るという意味だろうか。
少将は生きてくれるんだろうか。
ベランダには冴えた月の光が冷たく落ちていて、薄闇に少将の後ろ姿が溶けて行く。
探せ。
考えろ。
この三十分は少将だけの時間じゃ無い、俺にとっても同じ三十分で、大佐の仮説を覆すだけの事を思い出せ。
エリアAが発動されて傷付いた対魔団が次々と移転して来て、俺たちは治癒と受け入れに走り回っていた。
最後に移転して来たのは白衣を血に染めた治癒者と、腰で上半身と下半身を二分されたガイ少将。
俺は治癒者から少将の二分された身体をそれぞれ預かり、即座に保護魔法を引き継いだ。それから再生と復元を始めて……あの時少将は生きていたのか?
分からない。
ここで俺は確認を怠ったのだ。
何度思い返しても……いや、生きている。少将は生きていたはずだ。
何故なら人体を腰で分断しても即死はしない。内臓が飛び出るショックや出血多量で死ぬのだ。その間およそ十分と見て、この十分の間あの治癒者は何をしていたのか。腸がずり落ちたりはしていなかったから、本当に即座に保護魔法を施したと思える。思いたい。
しかし別の魔法をかけた事も考えられて、あぁ、ここが自分で見た事でも聞いた事でも無い点で、確証が持てない。
壁の時計を見てから、俺はすぐに部屋を飛び出した。
廊下に出て大佐の部屋の玄関まで全力で走るけれど、絨毯に吸い込まれて足音がしない。
「大佐!」
長い廊下の先に向かい合わせであるドアを力任せにガンガン叩くと、程なくして大佐がドアから顔を出した。
「一人?」
「治癒者は誰だったんですか!?」
「セレス、お前一人か聞いてんだよ」
「一人ですっ。エリアAが発動されたあの日、対魔に付き添っていた治癒者は誰なんですか!?」
「第四隊の少佐だよ」
「ありがとうございます!その人の部屋は?」
少佐ならこの寄宿舎に住んでるかも知れない。そう思ったのに、少佐は自宅から通ってるから三十分じゃ行くのは無理だと言われた。
「お前が考えた事なら分かるから、俺が聞いといてやるよ」
「お願いします!すぐお願いします!今すぐっ!分かったらすぐ教えて下さい!」
「猪突猛進……」
俺はガイ少将を助けたい。
死にそうになってるあの人の心を助けたい。
おっぱいがあるヘンテコな身体でもいいじゃないか、魔力供給を一生続けてもいいじゃないか、俺が一生ずっと一緒に居れば済む話で、だけど心が死んでしまったら人は生きられない。
俺は、俺は、俺は……。
「俺なんかどうなってもいいんです、禁忌の使い手として処刑されたって構わない。だけどっ」
「いやお前死んだら少将も共倒れだから」
「大佐はなんでそんな冷静なんですかっ!早く聞いて来て下さいよ!」
「うるせぇな、俺は今、敵に塩を送った事に気付いたんだ。お前のバカさ加減の計算を誤った」
言ってる意味が分からない。
ため息を吐くクライル大佐を早く早くと追い立てて、三十分が経ってしまう前に廊下を走って戻った。
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