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第24話
戻った少将の部屋には出て来た時と同じ静寂が満ちていて、人の気配がしない。
足音を殺してベランダに近づけば、銀の月明かりに照らされたその場所に果たしてガイ少将は居た。俺が部屋を飛び出した時と同じ姿勢で夜空を見上げている。
白く照らされたその美しい横顔には計り知れない絶望が浮かんでいて、なんて声をかけたらいいのか。
そっと側に寄り添い、指先でシャツの袖を引いてから手首に触れると、少将は黙ったまま振り返った。
「冷えます。風邪ひきますよ」
「そう思うか?」
死んだ人間が風邪をひくのかと自虐だろう。
「俺は少将に風邪なんかひいて欲しくありません。俺は……俺は、少将と離れたく無いです。面識が無い人とずっと一緒なんて普通は気が重いけど、俺はそんな風に思った事が無くて、全部ガイ少将のおかげです。すごく気を使ってくださって、良くしてくれて」
違う、こんな事が言いたいんじゃない。
少将がどんな人格者でみんなに好かれてるかとか、俺にはどうでもいい。
「もし少将がいなくなったら俺は」
「手間が省けていいだろう、元の生活に戻れる」
ピシャンと音を立てて扉が閉まった錯覚を見た。
人は自暴自棄になると他人を拒絶する。今の少将がそうで、無理も無い。
だから俺は少将を繋ぎたいんだ。だって……。
だって。
「……好き、なんです」
口に出したらストンと落ちた。
そうだ、好きなんだ。
ガイ少将の事はもちろん最初から好きだった。初めは尊敬とか憧れの好きだったけど、今は違う。
一緒に過ごしてガイ少将がどんな人なのか知ったから好きになった。
少しも離れずにずっと一緒なんて、ストレス過多でおかしくなりそうな事も好きだからこなせたんだ。
「好きなんです。恋愛感情の意味で」
少将は表情一つ変えなかった。
「私はもう……」
「死んでなんか無いです。大佐が言ったのは飽くまでも推測で、また精密検査も受けて無いじゃないですか。俺が絶対助けます。だから、だから……」
一度視線を外してしまったから、ガイ少将の顔を見る事が出来ない。俺をどう思っているのか言ってくれないからせめて顔が見たいのに、怖くて見れない。
「そんな風に言われたら……私はセレスから離れられない」
やっぱり俺は考え無しのバカだ。
俺からの魔力供給を断てない今の関係で告白なんかしたら、付き合わないと魔力やらないよって脅しになってしまう。
「すみません、それとこれとは別です。少将が俺の事を嫌いでも魔力の供給はしますし、ちゃんと仕事と割り切れます。ごめんなさい」
「いや、セレスがそんな人間では無いと知ってる。それよりもミシェールを呼べ。私は退役して領地に帰る」
「は?」
俺の告白、スルーされた。
その上ミシェール中尉を呼べと来た。何故ここでミシェール?
しかも隠居するらしい。
「なんで今ミシェール中尉なんですか」
「ミシェールとは付き合いも長いし、彼は頼りになる」
腹の底から怒りが湧き起こって、目眩がする。
フるにももうちょっと適当な理由を……俺よりアイツの方がいいからって、そんなの男を天秤にかけてモテる気になってるアホ女しか言わない。
そんだけバカにされてんのは俺か。
「着いて行きませんよ」
俺が居なきゃ死ぬくせに。
俺と付き合うより死んだ方がマシって、そういう意味だ。
手に入らないならいっそ……。
込み上げたのは酷く残酷な感情。
自分の視界に見える光景が、まるで他人事のように見えた。ベランダを照らす白い月の光も、淡い光を受けて白く照らされるガイ少将も。
触れている手を離したら、少将は目を見開いて俺を見た。だけど自分からは触れて来なくて、先程三十分離れたばかりだからか、やがて少将はストンとその場に膝を着いた。
魔力切れだ。
俺は手を離すだけでこの人の命を途切れさせる事が出来る。
「あなたを助けられるのは俺だけだ」
「セレス……」
向けられる視線はまるで可哀想な者を見るような目。
なんで。
どうして。
目眩がするのだろう、片手で額を押さえて頭を支え、もう片方の手が宙を切る。
もがくその手を取りそうになって、手を差し伸べられたらと思う。
きっと今のガイ少将は魔力切れの苦しみで死の恐怖を強く感じて、心が酷い事になっているだろう。それを救えるのは俺だけだ。助けてくれとその手を伸ばしてくれたら……。
だけどガイ少将は決して俺にはすがらない。
それでも助けてくれとは言わない。
誰もが憧れるこの人は、誰よりも気高い。
決して傅かせる事は出来ない。
「沢山の時間を共に……あり……」
がとう。
バカなんじゃ無いのかこの人は。
聞こえない最後の言葉が、どうして助けてじゃないんだ。そんなに俺じゃダメなのか。
俺はこの人の弱味に漬け込んで告白して、断ったら魔力供給を切った最低野朗だ。
それとこれとは別と言いながら、ミシェール中尉の名前を出されて、手に入らないならいっそ死ねばいいと思った。
これが俺の本性。
しかし断ったらどうなるか分かっていながら、ガイ少将は俺を拒絶したのだ。
今この瞬間、命よりも高いプライドを見せつけられて、絶望したのは死ぬ覚悟を決めたガイ少将よりも俺の方だった。
このまま魔力供給をしなければ、クライル大佐の仮説通りならばガイ少将の身体はやがて崩れて行くだろう。
しかしまだガイ少将の意識が曖昧だった頃は、そんな事は全く考えもせずに夜間は魔力の供給を行わなかったのだから、一晩位じゃ大丈夫だとは分かってる。
俺は意識の無いガイ少将を引きずってベッドまで運び、寝かせてあげる。
触れるだけで俺の魔力は少将へと流れるけれど、それはあげてもいいと思うある程度の意思があって出来る事で、完全に絶った状態で触れる事も出来る。
横にした身体の胸に被さってシャツの上から耳を着けると、ふわりと柔らかな乳房の向こうでトクトクと鼓動の音がした。
今は眠っている状態だ。
永遠に起こさないなんて事、俺には出来ない。退役して領地に戻りひっそりと暮らすのが望みなら、生きる事を選んでいるだけマシ。だけどミシェール中尉も連れて行く気なのかも知れない。
そんな所に着いて行って、俺に正しく魔力供給元だけの存在で有り続けて、二人が寄り添う様を見続けろと言うのか。
少将だって勝手だ。
聞いていた鼓動から耳を離し、上半身を起き上がらせて眠るガイ少将を真上から見下ろす。
白い頬に月明かりを受けて、鼻筋が暗く影を落とすその顔は死んでるみたいに美しい。
この人が好きだ。
このまま犯したらどうなるかなと思った。
俺を受け入れるくらいなら死を選んだこの人を犯して、最中に意識を取り戻させてもまだミシェール中尉を選ぶのかな。
シャツのボタンを外すと、晒しを巻いて平らにした胸が現れた。護身用のナイフを少将の肌と晒しの間に差し込んで、一気に切り裂いた。
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