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第29話
何故俺はノックの音をクライル大佐と思い込んで返事をしてしまったのだろう。
思い込み、確認不足、そんな事がガイ少将におっぱいを生やす原因になったというのに、同じ失敗をやらかした。
ミシェール中尉にガイ少将のおっぱいを見られた。
固まって動けなくなったのは俺とミシェール中尉で、中尉は少将のおっぱいに視線が釘付けになっている。しかし当の少将は何という風も無く、ごく自然な動きで病衣を肩から着直して、前の合わせを結んだ。
「ミシェール、どうした」
「え?あ?あぁ……少将が今日のご予定を全てキャンセルして健康診断に向かわれたと聞いたので、体調が優れないのではないかと……」
「何も無い、戻れ」
「しかし、今のはどう……え?」
理解が追いつかないらしい。
そりゃそうだろうな。俺は股間に触って脳内に浮かんだもしやの少将女説を確かめたし、クライル大佐はおっぱいを掴んだ。
「胸筋です」
すかさず言った俺の言葉に、中尉は白い目を向けて来た。
冗談が通じない。
「正直に言えば肉体再生魔術の失敗です。全て俺の責任です」
「はぁっ!?このクソ底辺が何をやってくれたんだっ」
「しかし!……知られたらガイ少将の威厳を損なってしまいます、どうか内密に」
そう言うと、中尉は納得いかない顔で俺を思い切り睨みつけて来る。
性格と口は悪いけれど顔だけは綺麗な奴なので迫力が凄い。
「別に吹聴しても構わない。私はもう退役を決めたので誰に知られてどう思われても構わない」
「なっ……!!」
退役と聞いて、今度こそミシェール中尉は倒れるんじゃないかと思うほど顔色を変えた。
「納得出来ません!体調面を考えると休暇が必要なのは分かりますが、なぜ退役の必要があるのでしょうか」
その気持ちは分かる。俺だってもしクライル大佐がいきなり辞めると言い出したら、泣いて縋ってでも止める。
「私はもう役には立たないよ」
「戦う事だけが役目でしょうか。私共には少将が居てくれるだけで大きな力になります。お願いします!少将、私を見捨てないで」
私を見捨てないでと来たもんだ。
しかも中尉はどこぞの姫かと思う程の可憐な面で唇を震わせて、青い瞳に涙を浮かべながら切々と訴えている。
それはこいつの事をあまり好きでは無い俺が見ても同情を引かれる姿で、細い肩が何とも傷ましい。
これなら少将も考え直すかもと思ったけれど……。
「そいつのせいだ」
涙を溜めた青い大きな瞳が、いきなり烈火のごとく俺を睨んだ。
「そいつが少将を完治させられないからだ。治癒の最高責任者がやって当然な事をこんな下っ端に任せるからこういう事になる。治癒団はうちを馬鹿にしてるのか」
何故その思考になる?
正しく俺のせいだけど、治癒団は関係無いし話を大きくし過ぎた。
「クライル大佐をお呼びしろ、即刻治していただかないと力技で治させる事になるぞ」
まさか対魔団バーサス治癒団をやらかす気なのだろうか。
ミシェール中尉の思考がとんでもない。
だいたいすぐに治せるならとっくに治してる。
「ミシェール、それは……」
「受けて立ちますよ」
ミシェール中尉が怒るのはガイ少将の事が本当に大事だからだ。
そして俺は気持ちのやり場が無い。術の失敗も昨晩やらかした事も、ガイ少将は怒鳴りもしないし殴りもしないから自分を責めるしかなくて、怒ってくれる人がいるなら少将の代わりに俺なんかボコボコにして欲しい。
この思いのやり場が無いんだ。
「セレス、お前は何を言ってるんだ」
「ただし、治癒団からは俺一人です。隊員全員が病院を放り出したら患者が死ぬ」
「望む所だエセ治癒者が、殺してやる」
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