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第30話
即発な程空気を凍らせた俺とミシェールだったけれど、ガイ少将の検査中なのに下々の俺たちが揉めているわけにもいかず、ひとまず置いて決闘はまた後日という事になった。
検査を終えてから向かう所は、対魔団だ。
団員に知らせずに団長が退役なんて出来るはずも無く、団員を会議室に招集してある。
それにしてもミシェールにおっぱいがバレたのは失敗したなと、少将に付いて廊下を歩きながら俺は考えていた。
ガイ少将大好きなミシェールが退役を黙っていられるはずがなくて、慌てて他の団員達に相談するに決まってる。そこまではいいとして、問題はついうっかりおっぱいをバラさないだろうか。
混乱すると支離滅裂な事を言い出すような奴だ、見かけによらず迂闊者かも知れない。そういえば不倫がバレて異動になったって聞いたし。
ガイ少将はどう考えてもいるのだろうと前を歩く背中を見れば、普段と同じでピンと伸びた背筋が凛々しい。一部の隙もないその堂々とした姿に、退役を決めたので知られても構わないと言い切ったのを思い出した。
格好いい。
潔いし格好いいし度胸は有るしで、この人おっぱいが無ければ完璧なのに、実に惜しい。あ、俺のせいか。
そんな事を考えている内に会議室の前に着いてしまって、少将はためらいも無くそのままドアを開けた。
「少将!」
室内には既に対魔団の団員が集まっていて、その数ざっと百人以上は居る。
筋肉、筋肉、筋肉、筋肉、見渡す限りの筋肉と、窓を閉め切っているせいでムッと来る男臭さに吐き気がしそう。
「退役って本当ですか!?」
やっぱりミシェールは退役を話したらしい。それはいい、問題はおっぱい。
筋肉の集団の中にミシェールの姿を探そうと視線を巡らせば、奴はガイ少将の真ん前に詰め寄って嫌だ嫌だと騒いでいた。探す手間も無い。
「嫌です!俺達を置いて行かないでください!」
俺はガイ少将を見るなりワッと集まって来た団員の筋肉にぺーんっと押し出されそうになりながら、少将をガードするために前に出て両腕を広げた。
しかし筋肉集団も今は混乱していて、ガイ少将しか見えていない。俺は肩を押され腕を払われして、少将から手が離れてしまった。
「ちょっと、俺を少将から退かさないで」
慌てて手を繋ごうと伸ばしたけれど、少将まで届かない。団長の急な退役宣言に俺の役目などもうみんな忘れてしまって、部外者は邪魔だと背中を突き飛ばされた。
「やっ、ちょっと、痛いからっ、少将」
あっちから小突かれ、こっちから邪魔にされで、どんどん少将から離されて行く。
「少将」
「セレス」
ガイ少将が俺へと手を伸ばして……その手を、俺では無い別の誰かが掴んだ。
「魔力補充なら私が務めさせていただきます」
そう言ってガイ少将の右手を大事そうに両手で包んだのは、ミシェールだった。
「対魔団の問題ですので、対魔団員だけで少将のお話をお伺いしたいです。よろしいですよね?少将」
その間は自分が魔力補充をするから枯渇で倒れる事は無いと態度で示されれば、正しく部外者の俺は引っ込むしか無い。
しかしここで引っ込んだら少将への魔力補充は誰でも出来るという事が証明されてしまって、俺の役目が奪われてしまう。
「いえ、これは俺の仕事ですから」
慌てて筋肉の間に分け入って、少将の手を取り返そうとして必死で腕を伸ばす。けれど、要らないとガイ少将本人の声が聞こえた。
「セレスはいい。廊下で待て」
ショック。
「え、あ……はい……」
パタンと腕を下ろして筋肉の間を突き進む意思を失った俺は、とても簡単に後ろへと押し流されて、会議室から追い出されてしまった。
呆気ない。
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