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第31話
摘み出された人気の無い廊下はひんやりとした空気が冷たくて、心の熱も一瞬で冷まして行く。
室内で話し合う声もドアを隔てるとよく聞こえなくて、俺は本当に必要無いみたいだ。
退役して領地に引っ込むと言い出したガイ少将が真っ先に呼べと言ったのはミシェールだったし、少将とミシェールの噂もあるらしい。
これってもう噂が真実なのは決まりで、邪魔者は俺の方。ミシェールは最初から俺に敵対していたじゃないか、その理由はこういう事だ。
だけど仕事を取られるわけには行かなくて、邪魔だろうが断られようが、俺は任務完了までガイ少将の側に居なければならないのだ。
「あー……あと何回ふられればいいのさ、痛いなぁ……」
ドアが開くまで廊下で待つとしても、出て来た少将は俺を見てきっと嫌な気分になるのだろう、顔には出さずとも。
そして恋人のおっぱいの事など、ミシェールがどんなに迂闊な奴だとしても軽々しく口にはしないだろうから、ガイ少将のおっぱいはバレないと思う。ここだけは良かった。
どれほど時間が過ぎたのか、ドアの前で直立して待っている間に何人かの者が通り過ぎ、そのうちの一人がふと俺の前で足を止めた。
「あれ。お前、ガイ少将専属治癒者だったよな?」
見れば青い騎士団の制服に身を包んだ大柄な男で、騎士団と言えばそれだけで兵士の俺よりは身分が上のお貴族様だ。
「治癒団のセレスです。少将は部屋の中にいらっしゃいますが、対魔団の話し合いの最中です」
敬礼をすると男はニヤリと嫌な笑い方をした。
「王都警備団のラグナダだ。お前は少将にぴったり張り付くのが仕事だと聞いたが?」
「今は対魔団の方がいらっしゃるので問題はありません」
「ふーん。少将の体調はどうなんだ」
「順調に回復に向かわれております」
「なるほど、治癒団のおかげだな」
ラグナダは、さすが国内トップクラスの治癒者を集めた治癒団だとお世辞を言いながら高笑いをした。
「黒の森の結界が緩んでいるそうだ、先日ガイ少将が取り逃したドラゴンのせいだよ。おかげでこっちは大忙しだ。回復されているのなら対魔団に始末をつけて貰いたいものだな」
黒の森とは王都と隣接する魔物の産地みたいな深い森の事だ。
そこに住まう多くは弱い魔物達だけど、時々大物が居るので森と王都の間に結界を張って魔物の侵入を防いでいるのだが。
少将のせいだと言いわれて、違うだろうと頭に来た。
「まぁ、少将が対魔を引退した後は、我が王都警備で拾ってもいいか」
王都の警備なら強い魔力よりも武力が物を言うから、魔力枯渇した少将でも使ってやるよ。という意味だろうか。
高笑いをしながら去って行く大柄な後ろ姿を見送りながら、あいつは何が目的なんだと思った。
俺たちのような下々から見ればガイ少将は憧れでしか無いけど、近い立ち位置にいる人から見れば少将ばかりが目立つのは癪に触るって事もあり得る。
そう言えば、少将のクライル大佐への態度はあまり良く無かった。上の方の人達は上の方の人間関係があるのだろうけど……。
さっきのラグナダって人は、魔力枯渇したガイ少将よりも自分の方が勝ると喧嘩を売りたいのか。
ラグナダが去った廊下を遠くの方までぼんやりと眺めていると、その内にやっと会議室のドアが開いてガイ少将が出て来た。
「セレス」
手を差し出されて、俺は慌ててその手を取り魔力を流そうとして、触れた指先が酷く冷たい事に気付いた。
顔色も真っ白でガタガタと震えている。急激な体調悪化が見て取れた。
「他の人からの魔力の補充はどうだったんですか」
もう一時間は過ぎてる。補充されて無いはずがない。
「相性の意味が分かった、セレス以外は気分が悪いし、効率も悪い。自分を生き返らせた術者から離れられないという理由が分かったよ」
それはよかった。
しかし逆を返せば俺以外でも魔力補充は可能なのが立証されて、少将が我慢すれば俺の仕事は誰でも変われるって事だ。
かなりの我慢を強いる事にはなるが。
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