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第32話
ガイ少将の側に誰か居れば、俺は必要無い。
結局対魔団が少将の退役を納得しないまま退職届けは提出された。
この事は軍の上層部を大きく揺るがし、一時保留とされた。
その晩、面会のアポイントも取らずに宿舎の私室まで真っ先に飛んで来たのがカルロス王太子で、退役の決断を残念なりながらも、これでガイ少将が自ら危険に飛び込み命を落とす事は無くなるとホッとした様子だった。
「俺で無くても少将への魔力補充は出来る事が昼間分かったので、もし殿下が宜しければ俺は席を外したいのですが」
せっかく会いに来てくれたのに、俺が居たら気を使う事もあるだろうと同席をためらうと、殿下は緩く微笑んでくれた。
「君とガイは一心同体だろう?君が居ても構わないよ」
しかしそれでは俺が持たない。
もう少将に必要以上に関わりたく無い。
魔力補充すら他の人でも何とかなると立証されてしまっては、本当に俺なんか何の役にも立たなくて身の置き場が無い。
頭を下げたまま縮こまっていると、行っていいとガイ少将の声が頭上に降り注ぐ。
「カルロスが居る間、セレスは席を外してくれ」
あぁ、やっぱり……。
誰もが俺の代わりは出来て、俺自身に何一つ特別な事なんて無いんだ。
「失礼致します」
魔力補充を殿下と交代して部屋を出ると、宿舎の玄関まで行く間に殿下が連れて来た警備や何かの付き人数人とすれ違った。
軍の施設内でも厳重警備が敷かれていて、そりゃそうだろう、今この中に居る人は次世代の皇帝となる人。俺の視線はそれぞれ役目を持ってきちんと任務に当たっている人達に注がれる。誇りのある仕事を勤める姿がとても格好良く見えた。
それに比べると自分のミジンコさが悲しい。
玄関から外に出て、行く当ても無いので何気なく空を見上げれば夜空に星が瞬いていて、ミジンコの煌きだと思った。
「セレス」
ぼんやり歩いて居ると門の方から名前を呼ばれ、目を凝らして見ればクライル大佐が門に宿舎の門に立つ殿下の警備員に捕まっていた。
「クライル大佐、お帰りなさい。なに不審者扱いされてんですか?」
「身分証を持って無いんだよ。何なんだよ、一体。なんでいきなり宿舎の前で検問張ってんだ」
いつも持っていなきゃいけない身分証明証をいつも持たないクライル大佐。だからこういう事になる。
「今、殿下が少将の部屋に来てるんですよ」
「そういえばお前なんで少将から離れてんだよ」
「魔力補充を殿下に頼みました」
「はぁ?すげー図々しいな……」
さすがに大佐も呆れた顔をしたけど、何故それが可能なのか考えたらしい。
「俺の仮説は外れたか」
「半分は。ガイ少将は酷く気分が悪くなるそうです。が、俺以外でも可能は可能でした」
「まぁいいや、部屋に帰れ無いなら飯行こう。セレス付き合え」
「や、でも。殿下が帰る時には交代しないと」
「じゃあ俺らが戻るまで待たせとけ。この警備員に少将当ての伝言を頼めばいいだろ」
俺を図々しいと言ったくせに、クライル大佐が上回る図々しさと太々しさだ。
伝言を頼まれた警備員は、大佐からガイ少将当ての言付けを、中身を知らぬまま受け取っている。身分証を持っていない者は通せないと、俺たちが外に出て行くことにホッとした様子だ。
「あんなの警備で大丈夫か?」
大佐が俺の耳元で囁いてほくそ笑んだ。
「大佐相手じゃ職務に忠実な警備員が気の毒だと思います。それよりどこ行くんですか?あんまり離れたく無いかなぁ」
門を通して貰えなかった大佐と二人で宿舎を離れて、とりあえず町の方に向かう。軍全体の大施設をぐるっと囲んだ巨大な塀の外は、軍人目当ての安くて量の多い屋台が立ち並んぶので近場で済ませるのには好都合だ。
施設の外に一歩出ると、夕食時を過ぎたざわめきが俺達を包んだ。
昼間は景観を重視した穏やかな道端が夜には屋台が立ち並ぶ繁華街に変身する。
肉の焼ける匂いが漂って、屋根をかけただけのテントからは酒の匂いと賑やかな話し声。道端にパレットを組んで一段高くしたステージ上で華やかな女性達が踊っている。朝には全て撤去されてしまう夜だけの光景だ。
俺と大佐は少し歩いて人の少ない小じんまりとした店に入った。
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