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第33話
客の少ない小じんまりとした店の一番隅のテーブルに陣取った俺たちは、当然のようにガイ少将の容態について話し合っていた。
「そりゃ魔力補充はセレス以外でも可能なのは、最初から分かりきっていただろ。お前が指名されたのはやらかした件と相性の良さだ。少将が今持ってる魔力は元々お前の魔力なんだから、ぴったり一致して当然」
薄い木製のお椀に酒瓶からドボドボ酒を注ぐ大佐はウワバミだ。まともにこの人に付き合うと俺なんか絶対潰れるのでペースを合わせない。
「でも一度相性の良さを体験すると、合う奴から貰いたいって思うけどな。合わないと本当ゲロ吐く程気分が悪いし、垂れ流す分が多くて効率も悪い」
「分かります」
前に大佐から貰った時もゲロ吐きそうだった。
あの時は相性よりも受け渡し方に問題がある方が大きかったけど。
「俺がショックなのは、そんな思いをしても少将が俺を遠ざけるって事なんです」
「へぇ、相変わらず矛盾ばっかだな、あの男は」
そう言われて、俺は串から肉を外そうとしていた手を止めて大佐を見た。
「なんだよ?本当はやる気も無いくせに求められるから討伐に出る、頼られるから期待通りの指揮官になる。死にたいくせにセレスを側に置いてる」
「なんでそれ……」
求められる完璧な指揮官を演じていると俺に言ったのは、ガイ少将本人だ。
「あの人は俺の事が嫌いだろ。周りの意思で求動く自分が無い人形のくせに、俺を嫌いと意思を持つなんて生意気」
「いやいや、人形じゃないですよ。嫌われてるなら何かしたんじゃないですか?理由も無く人を嫌うような人じゃ無いです」
「覚えが無いな、でもあいつは俺だけが気になる。沢山の中で俺だけが癪に触る。何故だと思う?」
唇の端で意味ありそうに笑われて、俺には分からない。
「まさかの、大佐の事が好きだとか?」
そう言ったら吹かれた。
大佐が唇を当てていたお椀から、ぶっと酒が俺の方に飛んで来る。
「汚なっ」
「ごめん、ごめん」
俺のシャツに吹きかけられた酒をおしぼりで拭きながら、大佐は笑いを噛み殺している。そして何気無く視線を俺の後ろに投げて、その一瞬で目付きが鋭く切れ上がった。
何事かと後ろをこっそり伺うと、王都警備の騎士団だ。青い制服の集団が店の女の人を座らせてずいぶんと盛り上がっている。この店はそういう店じゃないから店員を座らせるのは迷惑なんじゃと思った時、集団の中にもはや宿敵とも言える金髪を見つけてしまった。
「まさかの」
「どうした?」
「いえ……」
そういえば、ミシェールは元王都警備隊だったと聞いた覚えがある。古巣の飲み会に参加していてもおかしくは無いけど。
「大佐、対魔団のミシェール中尉の不倫相手って誰だか聞いた事有ります?」
そう尋ねると大佐は一度眉をひそめて嫌な表情をした後で、中尉の隣に座る男を顎でしゃくって示した。
あれは確か、昼間見た、ラグナダ。
「本当かどうかは知らない、噂は飽くまでも噂だ」
火のない所に煙は立たないとも言うけどな。
それはともかくとして、ガイ少将を軽んじる奴と親しくしているのを隠しもしないのは、ミシェールも甘いんじゃないだろうか。少将は他人の付き合いに口を出すタイプじゃないけど、周りはそうは見ないだろう。
「ミシェール中尉は昼間、少将の事でお前と決闘の約束しただろ」
「ガイ少将からの信頼も厚くて何かと頼りにされてるようです」
「へぇ、少将も見る目の無い。ラグナダは少将に対抗心を持ってる男だぞ」
「なんでまた?」
「さぁ?」
知らないとクライル大佐は首を傾げたけれど、王都警備団を見つけた時の目付きの鋭さは何かある。
とは言え、何も起こっていないのに考えても仕方ない。
「それより、少将の魔力枯渇はどうやったら治るんですかね」
俺が今一緒に居る相手はクライル大佐だ、余計な詮索をされる前に話を変えてしまった方がいいと興味有りそうな話を振ると、案の定食い付いて来た。
「色々と仮説は浮かぶんだよ。まず少将の魔力はもしかしたらあのおっぱいに溜め込まれてんじゃ無いかなぁとか」
「は?」
「切除したいんだけど、切って魔力が戻らなくなったら困るだろ。ならば注射器で吸い上げて別の場所に注入するとか、さ」
「脂肪が吸い上げられたらどうすんですか」
「捨てりゃいい。あ、この肉美味いな」
なんて言うか、この人仕事好きだし天才肌だと思うんだけど、発想がいい加減なんだよな。
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