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第34話
夕飯を済ませて宿舎に戻ると、身分証明書を持っていないクライル大佐はやはり門前で止められた。
俺は殿下を待たせているかも知れない恐怖から、大佐を置き去りにして一人でガイ少将の部屋に戻る事にした。
部屋のドアを開けると、案の定すっかり帰り支度を整えた殿下御一行が俺を待っていて、恐縮しながら見送った。
「遅くなってすみません」
殿下を見送った後で二人になった部屋の中、ガイ少将に近付いて手首に触れると、少将は眉をひそめて俺を見た。
「酒くさい」
「あ、そこでちょっと酒をこぼしてしまって」
もうシャツは乾いているけれど、殿下が手土産に持って来た酒を飲んでいた少将が気付くのだから、よっぽど臭いのだろう。失礼しましたと俺はシャツをすぐに脱ぐ。
「あいつから伝言を貰った」
それはクライル大佐が警備に言付けた物の事だろう。
それにしても、あいつ呼ばわり……。
クライル大佐、何をやったのか知らないけど、ガイ少将にしては珍しい程に嫌われている。
「殿下の魔力との相性はどうでした?気分は?」
「合わない物は合わない」
そう言って少将が俺の手首を掴んで来る。触れる事も触られる事も慣れたけど、この距離はどうにかならない物だろうか。
一回拒絶されると同じ部屋に二人きりなのは思った以上に応えて、結構辛い。だけどそう思うのは俺だけで、少将は全然平気なんだな。
それだけ意識されて無いって事で、もうしんどい。
「ちょっと離れて大丈夫ですか?風呂行って来ます、すぐ戻りますので」
離れようとしたけど、手首が離して貰えなくて俺は少将を振り返った。
「あの……」
「私は人の気持ちが分からないし、自分の気持ちも分からない。そもそも感情が無い」
無い事は無いと思うけど。事実クライル大佐の事はあからさまに嫌いのようだし。
「だから何故こんなにもやもやするのか分からないが、とにかく気に入らない」
「気に入らないんですか?」
「気に入らない。こんな事は初めてだ」
しかし人の気持ちが分からないのは俺も同じで、少将が何を考えていて何がそんなに気に入らないのか分からない。
「えーと、何がそんなに気に入らないんですか?」
少将の正面に回り込んで見上げると、少将はふんっと俺から顔を背けてしまった。
これって俺が気に入らないと言われてるような気がするんだけど。
「……そうですか」
分かっているけど、こうもあからさまに言われるとさすがにへこむ。
「いや、そうでは無くて、セレスがクライル大佐と一緒に居るのが気に入らない。なんなんだ、お前は。私と離れると必ず大佐の所へ行く。絶対的な信頼を寄せているし、こちらに出向中にも関わらず仕事を振られると嬉しそうだし、他にも大佐大佐と、セレスの口からはあいつの名前しか出ない」
「そんな事は無いと思いますけど」
「それに向こうもセレスの周囲をうろちょろする必要が無いだろう、なのに私の部屋にまで堂々とセレスに会いに来る」
「えっ、それは少将が呼んだからじゃ……」
「二人で会わせる位なら私の前に呼びつけるに決まってるだろう。なのにさっきもカルロスを断ってあいつと酒か。本当なんなんだ、お前は」
なんなんだって言われても……。
「逆になんなんですか?別に少将がそこまで俺を監視する必要無いですよね」
「監視?人聞きの悪い。離れられないのだから嫌でも目に入る。私は監視をするほど他人に興味など、絶対に持たない」
この人。
目眩がしそう。
ブチ切れてるガイ少将の言い分を聞くと、それじゃあまるで俺の事が好きみたいだ。
「少将は俺が好きなんですか?恋人の浮気を心配する男みたいな事言ってますけど」
「あるわけ無いだろう」
即答で全否定された。
何故。
本当に意味が分からない。
全く意味が分からない。
「じゃあそういう事言うのやめて貰えます?俺は少将の事まだ好きなんだから勘違いします。ミシェール中尉が居るくせに。そういうの人を弄ぶって言うんですよ」
「弄ぶって……それにミシェールは関係ない」
「傷付くんですよ、こっちは。同じ相手に何回振られりゃいいんだって、もう俺に構わないで下さいっ!」
言い切ってから、しまったと思った。
相手は上官、偉い人。
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