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第35話

関わらないで下さいと言って関係が途切れる程、世の中は物分かり良く出来てはいない。 精密検査の結果はどんなに急がせてもまだ出ない。 提出した退職願は検討となり、こちらもまだ回答が貰えない。どこの会社でも、辞めます、はいそうですかってわけにも行かないのでここまでは予定通り。 従って、ガイ少将の立ち位置はまだ対魔団の団長のままで病欠中となる。 当たり前のように会議に出たり団の訓練を見に行ったりするので忘れていたけど、病欠中なのだ。 なのにどうしてか、今日のガイ少将は王都西区の魔物調査に出向いていた。 もちろん俺もお供で付き合わされている。 王都西区は都の中でものどかな田園風景の広がる田舎である。 腐っても王都なので庶民の一戸建てが広がり人口密度もそこそこあるけど、中心部と比べると雲泥の差。土産物として重宝されるお茶の栽培が盛んで、茶葉の製造工場や隣接する森で摘んだ薬草を使った薬剤製造工場なんかも並んでいる。 「なんだか心が洗われる気がしますね」 青空の下、舗装さえされていない道をガイ少将と二人、ぱっからぱっから馬の蹄の音立てて進む。俺達の背中から、穏やかな日差しが降り注ぐ。 もちろん乗馬中も魔力の受け渡しが必要なので、一頭の馬の前に俺、後ろに少将が乗って手綱を操ってくれていた。 この乗馬位置は俺にすると不本意だけど、まぁ仕方ない。病院勤務で乗馬などほとんどしない治癒者と現役の対魔騎士では、馬の扱いに差があり過ぎた。 「任務とは言え、のんびりしたくなるな」 背中に聞こえた少将の声も朗らかで、やっぱり自然はいい。 「少将見て下さい、あそこに水車があるでしょ」 「いい景色だな」 「お茶屋さんなんですよ、手摘みの茶葉を手作業で揉んで乾燥させたお茶出してくれるんです。帰りに寄りましょ」 詳しいなと少し驚いた声がして、俺は気分良く笑った。 たまにクライル大佐から薬師にお使いに出される事があって、水車小屋の茶店に立ち寄るのが楽しみだったりする。 でも昨晩、俺の口からは大佐の話しか出ないと言われたばかりなので言わないでおく。 クライル大佐がガイ少将の事を、自分が無い人形と言った理由は、以前少将自身が語ってくれた生い立ちに有ると思う。 言葉も覚えられない程に人と接する機会が無くて、人間らしい感情が育たなかった事。その後周囲が触れられるようになった途端に始まった、人間への矯正。しかも貴族の中でも王家に次ぐ公爵家だ、野生児から高貴なお家柄御令息への転換はどんな無理を強制されたのか、俺には想像も出来ない。 が、少将自身が人の気持ちが分からない、自分の気持ちも分からない、自分には心が無いと言っている。それから予想する一番手っ取り早いのは洗脳だ。 地下牢で育った「無」の少年は、躾と称して周囲が望む「公爵令息」となるよう洗脳された、とは考えられないだろうか。 「あぁ、綺麗だな」 曲がり角を曲がって広がった一面の茶葉に、少将がため息を漏らした。 そこには濃い緑がさんざめく太陽を浴びて、キラキラと輝く光景があった。 「素晴らしいですね」 馬の背中でしばしその景色に見惚れて、俺はため息を吐く。 「セレスの髪が日差しに透けて、とても綺麗だ。お日様の匂いがする」 「は?」 言うが早いか背中に居る少将の片腕が俺の胸に回って、軽く引き寄せられた。すぐに後頭部辺りの匂いを嗅がれてぎょっとした。 「やめてやめて」 「なぜ?」 頭上から降り注ぐのは本気で意味が分からないという声音で、俺の方が意味が分からないよ。匂いを嗅がれて嫌がらない人なんかいないだろうが。 「私に見える景色はセレスの頭越しだから、一番綺麗な物がそばにあるので欲しくなったんだ」 欲しくなったって……。 「……そうですか……」 無意識の殺し文句。 洗脳されなくても人の気持ちは分からない。 俺にはガイ少将の思考が読めない。

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