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第36話

さて、今回の調査は魔物の毒に何度もやられて急遽で運ばれて来るとある患者の件で、昨日クライル大佐が依頼した物だった。 どうせ病欠中だし、もう軍を辞めるしと、ガイ少将自ら調査に出向く事になったのだけれど、なんでわざわざ。付き合わされる身としては、辞める辞める詐欺になりそうなワーカーホリックぶりが困る。 「地形調査と、被害の実態と、出来ればどの程度の強さの物がどれくらい出没するのかまで分かれば上出来だ」 「魔物出たらどうするんですか?」 自慢じゃ無いが俺は戦闘には向かない治癒者だ。少将は戦闘向きでも魔力が枯渇中で切れたら困るから使えない。 「走って逃げる」 大丈夫だよと、少将は気楽に笑っている。 まぁ、言っても民家の有る地域だし、大きい物や強い物が出没するなら被害がもっと大きくなると思われるから、小物なんだろう。 まずは地形調査からと、よく病院に毒消しに来ているじーさんの畑から開始した。 馬を大木に繋いでお茶の段々畑が並ぶ畦道に立ち入ると、なるほど、お茶の木がなぎ倒されている箇所が有る。 「魔力が通ったんだな、だいたいこんな横幅のヤツか」 こんな……と、少将が胸の前で両手を広げて倒れた木と木の間隔を示した。 俺はそれを手帳に書き留めて、ついでに現場を念写で写真を撮っておく。 「セレス、いいな」 目を少し見開いた表情で褒められた。 やったね。 畑の横には小川が流れるどこまでものどかな風景の中に、対魔騎士の黒い制服がくっきりと浮かび上がっている。 そよぐ風を孕んだマントが広がり、あぁ、本当にこの人はどこに居たって、いっそ馬糞を背景にしたって格好いい。 向こうの畑に居るお茶摘み娘達がきゃーきゃーと騒ぐ声を風が運んで、手を繋いで移動する俺は恥ずかしい。 地形と被害の調査を同時に済ませて、ガイ少将は森のに歩を進める。 畑としっかり区切られた森は日の当たらない所は重なった木々の枝が黒々と影になって、見える範囲でさえ足元は積もった腐葉土が湿気の多い独特の空気を放っていた。 「こっちから来てるな」 この気配はそうだろう。 俺は息を殺してゆっくりと頷く。 「行くんですか?」 「少しだけ。何かの手がかりが有れば魔物の種類が分かるかも知れない」 今現在自分が立っている日の当たる場所とは明らかに違う気配に俺は戸惑うけれど、ガイ少将の方は慣れた物でためらいも無く一歩を踏み出した。 遅れた一歩に少将が俺を振り返り、大丈夫だとゆっくりと微笑む。 「置いて行く事も出来ないから、少し無理をして欲しい。絶対に守るよ、私を信じろ」 「大丈夫です、少将程頼れる人は居ませんから」 そう言うと、とたんに微笑んでいた顔がスッと冷める。 「こんな場面限定で、だろ」 なぜ。 俺は今、何かしらの地雷を踏んだのだろうか。 意味が分からない。 森に一歩踏み込んだら空気が急にヒヤリと冷たくなった。これはきっと頭上に広がる枝が太陽を遮るせいだけでは無い、音すらも消えて空間が変わったのだ。 辺りを探りながらどんどん進んで行く少将の後を、俺は必死で追いかける。 「こんなに民家に近い場所が魔物の生息場所になってるなんて」 少将が立ち止まったのは、俺にはもうどれくらい畑と離れたのか距離が分からなくなってからだった。 「生息場所ですか?」 「あぁ、通過地点にしては密度が濃すぎる。それと足跡の数が多すぎるし、ほら、あそこの木は何度も擦られた跡、そっちは襲った家畜を食い散らかした残骸だろう」 あっちそっちと指差されるポイントは、俺の目には一見深い森の景色と変わらないように見えて、巧妙に隠されているようだ。分からないからとりあえず示された箇所をフィルムに念写しておく。 「戻るぞ、思ったよりも巣が近かった。今の私達にこれ以上は危険だ」 判断してくれた事にホッとした。 実を言うとこの森は最初から怖かったし、そろそろ限界だった。こんな所をどんどん進める勇気があったら治癒じゃなくて別の団に行ってるわけで、俺はビビリだ。

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