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― 王都への道 ⑥

 翌朝。空はまだ薄暗い中、シモンは喜びで、天に向かって腕を振り上げた。カイトの力で増幅された隊長の結界を破ったのだ。カイトが音の出ないように拍手の真似をしてくれた。 昨夜の祭りの喧騒が嘘のように静かだった。里はまだ眠りから覚めていない。 三人は馬をひき、最後の街へ向けて出発した。 隊長の魔力が完全に戻ったことを確認して、シモンが言った。 「カイトから魔力供給できるってことは、もう怖いものなしですね」  魔法を使う者にとって一番怖いのは、戦っている最中に魔力を使い切ってしまうことだ。  底知れない魔力を持っていると思っていた隊長でも魔力切れを起こすことがある。  それがわかったのは昨日だった。だが、自分たちの魔力は底をついても、指揮官の魔力が切れなければ、辺境警備隊は無敵に近い。  魔獣との戦いは、剣だけで立ち向かうには不利である。また魔法だけでも同様だった。  剣と魔法があるからこそ魔獣退治も危険が減る。カイトの存在はこれから部隊をさらに強くしてくれる。そんな期待をシモンは持ったのだが。 「残念だが、そう簡単な話でもない」  意外にも隊長は否定した。 「確かに魔力の付与は願ってもないことだ。だがカイトの力には難点もある」 「難点? どういうことですか」 「制御が難しい」  隊長が解説してくれる。 「魔法を顕現するには、魔力でもって霊脈に干渉する。それは自分の意志で行うものだ。だがカイトの力の魔力は、使い手の意志を超えて霊脈に干渉しようとする」  シモンは驚きの声を上げた。それは魔力の暴走を意味するからだ。 「好き勝手に干渉しようとするから、それを抑えながら、こちらの顕現させたい魔法を組んでいくのは、骨が折れる」 「そう何度も使えるものでもないってことですか」 「神経を消耗するからな。立て続けは無理だろう」  カイトから魔力を受け取った後、死んだように眠っていたのは、余程疲れたということか。  シモンは空を仰いだ。 「カイトの力は切り札ってことかあ」 「奥の手があるのとないのとではずいぶん違う。カイトの力はありがたい」  隊長がカイトを気遣うように言った。カイトは複雑そうに笑っていた。そこでハッと気がついた。 「もしかして、隊長の魔力制御が精密なのって、そういうことなんですか」  跳躍者の能力を聞いたとき、隊長は以前にも魔力を付与してもらったことがあると言っていた。その力を得るのであれば、常に自分の思い通りに魔力を制御できなければならない。 「こう見えて、努力の賜物だ」  魔力量と四属性すべての霊脈が視えるのは生来のものであり、天から与えられたものだ。だが制御は違う。そんな当たり前のことにも思い至らず、シモンは自分が恥ずかしくなった。  敬愛する上官は、努力などしなくても何でもできてしまう人なんだと思っていた。  自分の知らないところで、この人はどれだけの努力をしてきたのだろうか。その努力をおくびにも出さない。  シモンは唇を噛んだ。 「俺、まだまだですね。もっと、頑張ります」  隊長ほどの素質はなくても、努力だけはしっかりしたい。そして助けてもらった恩に報いたいと思う。 「俺も風以外の魔法が使えたら、もっと役に立てるんでしょうけど」  ぽそっと呟いたシモンの言葉を隊長は拾った。 「シモンは水の霊脈も視えるんだったな。なら、水の魔法も使えるぞ」 「え⁉」  爆弾発言である。シモンはカイトと並べた馬を一歩進めた。 「霊脈が視えるんだ。あたりまえだろう」  さらっと言っているが、シモンはかつて一度も水の魔法を使えたことはない。  水の霊脈に干渉しようとしても、霊脈が反応しないのだ。それに比べ、風の霊脈はシモンの魔力に応えてくれる。自分が自然に干渉できる霊脈、それが属性魔法と呼ばれていた。  複数の属性に干渉できるのは生来の素質ではないのか。  どういうことだ。 「四属性の霊脈は干渉方法がそれぞれ異なっている。風の霊脈と同じように干渉しても、水の霊脈は反応しない。水には水の、火には火の。それぞれ干渉の仕方が違う」  初めて聞いた事実にシモンは開いた口が塞がらなかった。  警備隊の日常の中で、魔法の鍛錬をする時間があるが、誰ひとり、そんな話をしたことはない。皆、自分の属性魔法に磨きをかけている。副官のダグラスも火と土の霊脈が視えるといったが、属性は火で、土魔法の話は出たことはない。  おそらく、隊の中でその事実を知っている者はいないのではないだろうか。  シモンはごくりと唾を飲んだ。 「水の霊脈への干渉って、どうやるんですか」 「こればかりは説明できない。感覚だからな」  シモンはがっかりしたが、水の魔法が使えるとわかっただけでも大きなことだ。干渉の仕方は自分で探し当てるしかない。 「隊長。なんで今まで教えてくれなかったんですか」  不満顔のシモンにイリアスは呆れたように言った。 「おまえ、自分の属性魔法ですら未熟なのに、別の魔法が満足に使えると思っているのか」  痛烈な一言に、シモンは崩れそうになった。  隊長がその事実を黙っているのは、半端な力はいらないからだと言った。  確かに多くの魔法が使えることは有利でもある。だが、剣も重視する辺境警備隊において、ひとつの属性を極めている方がいざとなったときに大きな力となる。器用貧乏では逆に足手まといになりかねないという。 「そんな……確かに、そうかもしれませんけど。でも、じゃあどうすれば、一人前になれるんですか」  シモンは辺境警備隊の中では、群を抜いて魔法が使えると思っている。魔法の発動も他の者に比べれば短時間であり、まだ練習中ではあるが、結界にも挑戦している。隊長を除けば、隊の中では一、二を争う魔力の高さだと自負している。  それなのに、とみるみる落ち込んでいくシモンだったが、隊長は指標を示してくれた。 「おまえ、霊脈の揺らぎが視えていないだろう」    霊脈の揺らぎ? シモンは首を傾げた。 「魔法を使うと霊脈が揺らぐんだ。魔力で干渉しているわけだから、霊脈の流れに変化が起きる、とでも言えばいいか。逆に霊脈が揺らげば誰かが魔法を使ったということだ」 「そんなことわかるんですか⁉」 「わかる。ある一定距離までならな」  シモンはそれを聞いて、腑に落ちたことがあった。  勝ち抜き戦をやったとき、隊長は自分が魔法を使うことを予見していたかのように、防御してきた。気づかれないように平静を装って編んだ魔法だった。しかし霊脈の揺らぎで魔法の発動がわかるのなら、いくら気取られないようにしていても、意味がない。  隊長には視えていたのだ。シオンは下唇を舐めた。 「その揺らぎって、俺でも視えるようになりますか」 「鍛錬すればな。水の魔法に手を出すならそれからだ」  シモンの顔が華やかになり、頑張ります! と溌剌と言った。

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