20 / 38
― 王都への道 ⑦
日中、二人の魔法談義を聞いていた海人は、シモンがうらやましくなった。
この二人は信頼しあっている。イリアスが他の隊員たちと比べて、シモンに目をかけているのはわかっていた。自分を慕って、王都からやって来たくらいだ。かわいくないはずがない。
それだけでなく、シモンには才能があった。ダグラスもそれを認めていた。だからこそ、他の隊員には黙っていた属性魔法以外の霊脈の干渉の話をしたのだろう。
(おれも魔法が使えたら、いろいろ教えてもらえるのに)
海人は寂しく思いながら会話を聞いていたが、それとは別のことに囚われてもいた。
魔力の付与を実際にやった今、イリアスがアフロディーテから力をもらったことがあるということを改めて考えてしまった。それはつまり、自分と同じことをしたということ。
そのことが、海人の心を妙にざわつかせていた。
落ち着かないまま、王都に至る最後の街に着いたとき、陽はとっぷりと暮れていた。
暗い道を街の明かりを目指して進むのは、怖いものがあった。二人は夜目が効くのか、何ともなさそうだったが、海人は余計な集中をすることになり、疲れ果てていた。
夜でもこの街は賑やかで、人通りも多い。あちらこちらから、酒が入った客の上機嫌な笑い声が漏れてくる。
三人が宿を探して中心街を歩いていると、何度か客引きにあった。男性客目当ての女が腕を引っ張ってくるのだ。胸の大きく開いた服を着て、甘えた声で誘ってくる。
イリアスもシモンも眼中に入れず、うまく避けながら進んで行くのだが、海人はそうはいかなかった。色のある夜の繁華街など歩いたこともない、健全な高校生だ。あしらい方も知らない。二人に遅れまいと付いていっていたのだが、うっかり腕を取られてしまった。思わず立ち止まる。色気をたっぷり含んだ女がここぞとばかりに腕を絡めてきた。
「ねえ、ちょっとだけいいでしょ?」
絡めてきた腕に豊満な胸が当たり、海人は慌てた。
「いや! いいです! すみません!」
腕を解こうとするが存外力が強く、放してくれない。立ち止まったのが運の尽きだ。
海人が慣れていないことを見抜かれ、いい鴨だと店に引っ張られる。
「あの! ほんとおれ、行かなきゃ」
腕を放してもらおうと足掻いていると、
「カイト」
冷たい声で呼ばれた。
顔を上げると、少し先でイリアスが振り返っていた。
「早く来い」
底冷えのする目だった。イリアスの美貌に見惚れ、海人の腕を掴んでいた女の手が緩む。
シモンが慌てて海人に駆け寄り、腕を引いた。
「ばか、なに捕まってんだよ」
「ご、ごめん」
シモンに引っ張られ、なんとか抜け出した海人が追いつくと、イリアスは再び歩き始めた。
(もたもたしたから、怒ったのかな……)
海人はちらりとイリアスを見たが、表情が読めない。叱られた子犬のような顔をしてついて行っていると、ほどなくして宿が見つかった。
シモンがカウンターに行き、近くで座って待っていると、頭を掻きながら戻ってきた。
「今日は二部屋しかないそうです。他の宿もあるか訊いてみたんですが、どこも同じだろうってことです」
この時期は王都に見物に行く人で賑わうらしい。王都アルバスは観光名所でもあり、魔獣も出にくいこの季節は移動もしやすいのだろう。
これまでの道中、宿泊するときは一人部屋だった。気兼ねなくゆっくり休むためだった。
「泊まれるならそれでいい」
ベッドがあるだけありがたい。海人も頷いた。
「じゃあ、隊長は一部屋使ってください。カイトは俺と一緒でいいよな」
異論はない。海人は早く夕飯を食べて、横になりたかった。
明日はいよいよ王都である。
そして、その夜のことだった。
「……イト……カイト!」
自分を呼ぶ声で、目を開けた。シモンが心配そうにのぞき込んでいる。
「なに、どうしたの」
「どうしたって、おまえ、大丈夫か」
言われてみて、汗をびっしょり掻いていることに気づく。
「うなされてたぞ」
海人は身体を起こした。息を吐くと、シモン自分のベッドに腰かけた。
「ちょっと……いやな夢みてた」
「どんな」
月明りでシモンの顔が翳って見える。海人はためらったが、素直に言った。
「攫 われたときのこと」
「!」
海人は身の危険など感じたことのない、平和な世界で育ってきた。暴力を受けることすらなかった。それゆえ拉致されたときの恐怖と、あわや魔獣に喰い殺されそうになった恐怖は、簡単には消えてくれなかった。
「よくあるのか」
「たまに。最近はあんま見なくなってたんだけど」
シモンは眉をひそめた。
「隊長は知ってんの」
「知らないよ。言ってもしょうがないだろ」
「そりゃそうかもしれないけど……」
これは自分自身の問題だ。イリアスは関係ない。迷惑などかけたくなかったし、いつまでも引きずっている人間だと思われたくもなかった。
海人は少しきつい口調で言った。
「言わないでね」
口止めをしておかないと、シモンは言ってしまうだろう。
「これ以上、心配かけたくないんだ」
「けど……」
「大丈夫だから。起こしてごめん。おやすみ」
海人は話を切り上げ、布団を被った。
ともだちにシェアしよう!