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― 動乱の王宮 ⑥
王宮滞在三日目。この日の朝食後、イリアスが庭園を散歩しようと誘ってきた。
昨日は佐井賀から聞いた話で頭がいっぱいになっていたが、一晩寝たら落ち着いた。佐井賀の言う通り、自分の考えをしっかり持とうと思った。
王宮は庭園も広く、敷地内だと思えないほどである。イリアスの屋敷の庭も広いと思っていたがスケールが違う。
整備された庭園は緑豊かで、人の心を落ち着かせた。芸術作品のような剪定された木が至るところにあり、見る者を感心させる。
庭園を眺めて歩きながら、海人はポツリと言った。
「佐井賀さんってすごいね」
足元を見ると、短い草花が咲いていた。
「この世界のこと、自分で本を読んで調べ続けてて。ずっと諦めてなくて、俺に帰れるかもって希望もくれた」
イリアスは海人を見下ろした。
「おれ、すぐに諦めてた。帰る方法はないって聞いたときから。自分で見つけようなんて思わなかった」
海人は落ち込んでいた。佐井賀の不屈の精神とその行動力に感心しながらも、自分と比べてしまったのだ。佐井賀は海人より一歳若いときにこちらに来ている。同じような年齢だったのに、考えることは違った。
「あの人もこちらに来てすぐにああだったわけじゃない。月日が経つうちに、そうなっていったんだ。まだ来たばかりのカイトとは違う。カイトもそのうち、やりたいことが見つかるだろう」
イリアスが海人の頭をぽんと触った。比べても詮無い事。海人は顔を上げた。
やりたいこと。これからの自分。
同郷の人アフロディーテに会うという目的も果たせた。ならば今、言うべきかもしれない。
王宮に旅立つ前に決めていたこと。
海人は立ち止まってイリアスを見た。
「イリアス。リンデに帰ったら、剣を教えてほしいんだ」
この世界で生きる覚悟はもうできている。
「自分の身は自分で守りたい」
海人はいつまでもお荷物でいるのは御免だった。イリアスが頷くと、海人は嬉しくなった。
「おれも佐井賀さんみたいに、勉強もするよ。せめて読み書きくらいはできなきゃな!」
グレンさんに教えてもらおう、と言いながら庭を歩き始めた。陽光が徐々に暖かくなっていた。
「カイト」
数歩進んだ先で、呼ばれて振り返る。
「おまえは強いな」
イリアスがふわりと笑った。
どくん、と胸が鳴る。海人がまた見たいと思っていた、彼の笑顔だ。
柔らかくて、優しい綺麗な微笑み。
トクトクと鼓動を打つのがわかり、海人はずっとこの笑顔を見ていたいと思った。
と、そのとき、遠くから佐井賀の声が響いた。
「イルー、どこー? いるんでしょー?」
彼を呼ぶ声に、微笑みが消えた。
「ほんとうに騒がしい人だな」
イリアスが踵を返した。海人は咄嗟にその腕を取った。行ってほしくなかった。
急に腕を掴まれたイリアスは驚き、振り返った。
「どうした?」
海人は自分が何をしたいのかわからず、手を放した。
「ごめん、なんでもない。行こう」
海人はイリアスが向かおうとした先に歩き出した。
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