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― 動乱の王宮 ⑨
王都滞在四日目の昼下がり。
海人は手持無沙汰になり、王宮の庭園をあてどなく歩いていた。途中、東屋を見つけ座ってみると、そこから噴水が見えるようになっていた。
昨日の午後、イリアスは王太子や宰相と話をしてくると言って、しばらく帰って来なかった。
夕食で顔を合わせたとき、いつもと様子が違うように思えたが、特に何も言われなかったのでこちらからも訊かなかった。あまり突っ込んだことを訊くのも良くないだろうと思ったからだ。
ところが今朝、朝食のときに顔を見せなかった。不思議に思って部屋まで行ってみたが、部屋にもいない。
(なにかあったのかな)
海人は首を傾げたが、帰ってきて訊けばいいかと思った。
暇だ、と周りを見ていたら、近くに衛兵がいることに気が付いた。そういえば、イリアスといるときは見かけない。海人は衛兵を呼んで、イリアスと一緒のときはなぜいないのか訊いてみた。すると衛兵は近くにはいると言った。ただ、誰かと共にいるときは極力姿が見えないようにしているというのだ。目障りにならないように、配慮してくれているらしい。海人は衛兵もいろいろと大変なんだなと思った。その後も雑談に付き合ってもらう。
海人はふと、この人に訊いてみようと思った。
実は王都で買いたいものがあった。ちょうどいいものがないか、王都住まいという衛兵に訊いてみたら、なかなか良い物を教えてくれた。
海人は帰りにイリアスに頼んで、寄ってもらおうと思った。
(いつ帰れるのかな)
予定では王都滞在は四日。ただ、予定しているというだけで、滞在日数はわからないとも言われていた。
しばらく東屋にいた海人は佐井賀のところに行ってみようと思い、宮殿に戻ろうとした。
立ち上がったところで、人影が見えた。
イリアスだ。その後ろにはシモンもいた。シモンと一緒ということは、もしや。
海人は二人に駆け寄った。
「シモン! 実家はどうだった?」
海人の質問に、シモンは口端を上げただけで、答えなかった。顔が暗い。
海人はイリアスを見た。イリアスはいつもと変わらない無表情で、おもむろに口を開いた。
「リンデに帰る日が決まった」
イリアスの言葉に海人は胸が躍った。やっと帰れるからだ。海人は王宮ではすることがなくて退屈していたのだ。うれしくて訊いた。
「いつ?」
「明朝」
思っていたより早い。シモンの表情が沈んで見えたので、もっと滞在が長くなるのかと思った。明日帰るのならば、早めに言っておかねばならない。海人は顔を綻ばせて言う。
「イリアス、おれ、帰る前に王都で寄りたい店があるんだ。リンデのみんなに」
「カイト」
イリアスが続けようとした言葉を遮った。
いつもと違う雰囲気に海人が不安になったとき、彼は言った。
「カイトは連れて帰れない」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
え、と小さく零す。
イリアスはもう一度、はっきりと言った。
「リンデには連れて帰れない。おまえは王宮に残ることになった」
海人の目を大きく開いた。自分の耳を疑った。心臓が嫌な音を立てている。シモンを見たら、顔を背けられた。
「え……なんで……?」
海人は帰るときに、リンデのみんなに土産を買って帰ろうと思っていた。
突然現れた自分に誰もが優しく接してくれた。みな勤務中であるにも関わらず、遊びに来ているような自分に世話を焼いてくれた。辺境警備隊でもらった給料はみんなのために使うと決めていた。なのに。
「リンデではカイトの身の保証ができない。ここにいる方が安全だ」
海人はハッとした。自分が攫 われたことを言っているのか。でもそのことは王宮の人間には言わなかった。ならば、イリアスが言ったのか。
口の中が急速に乾いていった。
「おれ、置いてかれるの……?」
海人は震えるように言った。
イリアスもシモンも黙ったままだった。
思えば自分は魔力を与える特別な力を持っているが、同時に魔獣も惹き寄せてしまう。この力を狙う者もいる。日常生活ではただの人でありながら、護衛は常に必要になる。手のかかる存在だとわかってはいた。海人は拳を握った。
「そっか……おれ、厄介者だもんな」
シモンが口を開きかけたが、目を伏せた。海人はイリアスを見た。
「最初から置いてく予定だったの?」
海人はリンデを発つ前に、イリアスから王宮で暮らせと言われたらどうするか訊かれたことを思い出していた。あのとき、嫌だと言ったのに。それともリンデで暮らしたいと言ったことはイリアスを悩ませていたのだろうか。
沈黙が流れ、イリアスは一言だけ言った。
「すまない」
震える唇をギュッと噛む。
海人は顔を伏せて、声を絞り出した。
「わかった……今まで、ありがとう」
イリアスの脇を通り、海人は宮殿に向かって歩き出した。
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