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― 動乱の王宮 ⑪

 海人はその日の夕飯に顔を出さず、翌朝も部屋に籠っていた。  泣き腫らした目でイリアスに会いたくなかったし、顔を見るのは辛すぎた。  気を利かせた王宮の使用人が部屋に食事を持って来てくれたが、断った。食欲がなかった。  海人はベッドに潜ったまま、目が覚めると思い出しては泣き、また眠る、を繰り返していた。  朝になると、さすがに眠気は消えていたが、起き出す元気はなかった。  今日はイリアスとシモンが王宮を去る日だ。見送りになど行けなかった。  このまま部屋で過ごすつもりでいたら、部屋の外で話声が聞こえた。  ほどなく、扉を叩く音がした。海人は身体を起こしたが、返事はしなかった。 「カイト、俺」  シモンのくぐもった声がした。海人は扉を開ける気はなかったが、近くまで行く。 「開けてくんないだろうから、ここで言うな」  海人は扉を見つめた。 「隊長、何も言わないからさ。誤解だけはしてほしくなくて、言い訳しにきた」  シモンは静かに言った。 「隊長は、カイトも一緒にリンデに帰るつもりだったよ」  海人はその言葉を聞いて、目を伏せる。信じられなかった。 「俺、リンデを出る前に訊いたんだ。馬車で行かなくていいのかって。おまえ、まだ馬に乗るの下手だし。だけど隊長は、馬でいいだろうって言ったんだ。予定が狂ったら馬車の手配が面倒だって。人が乗ってない馬ってさ、連れて帰るの、けっこう大変なんだよ。馬車の手配の方が楽なくらいだ。だから俺はカイトも一緒に帰るもんだと思ってたし、隊長もカイトを王宮に残すつもりはなかったんだ。だけどここで何かが起きたんだ。カイトの身の安全のことを言ってたけど、たぶんそれだけじゃないと思う。隊長も教えてくれないから、俺にはわかんねえけど……だから隊長のこと、恨まないでくれな」  シモンは海人の返事を待っているようだった。だが海人は何も言えなかった。しばらくするとシモンが言った。 「あとな、これ、隊長から預かったんだ。おまえに渡してくれって・・ここに置いとくな」    海人は扉を開けようかどうか迷った。しかし迷っている間にシモンが別れを告げた。 「じゃあ、元気でな」  シモンが去って、少しして、扉を開けてみた。扉の近くに縦長の箱が置かれていた。手の平より大きい。  包装されたその箱を持って、部屋に戻る。  包装を破り、蓋を開けた。  見るとそこには、一本のガラス細工のペンが入っていた。  海人の頬を一筋の涙が伝う。  そのペンの等身は、深い海の色をしていた。  海人はそのペンを握って、また泣いた。そして思った。  ーイリアスに手紙を書こう。  文字を覚えて、読み書きできるようになって、そして手紙を書くんだ。  自分はここで、元気でやっているとー  海人の握った青いガラスのペンは、窓から入る陽光を反射してキラリと光った。

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