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― 動乱の王宮 ⑫
海人がイリアスからの贈り物を受け取って泣き止んだ後、佐井賀の部屋を訪れた。
居るかどうかはわからなかったが、幸いにして部屋の住人はいた。
泣き腫らした目を見た佐井賀は、海人の肩を叩き、部屋に招き入れてくれた。
以前と同じ炭酸水を出してくれる。ひとくち飲んでから海人は言った。
「おれ、置いてかれました」
佐井賀はそうみたいだね、とだけ答えた。
「佐井賀さんは知ってますか。おれが王宮に残された理由」
海人は泣くだけ泣いた後、今の自分の状況を知りたいと思った。ここで暮らしていくならば、知っておかねばならないと思ったからだ。
「昨日、王太子殿下から聞いたよ。イルはがんばったみたいだけど、一歩及ばなかったみたいだね」
佐井賀は王太子から聞いたことを包み隠さず、話した。
海人の処遇は、政治的思惑で反対意見が多かったということ。ただし、宰相だけはまともな意見であり、それを覆すのは難しかったこと。
「宰相さんの言うことはもっともだよ。あの人は公正な人だから、大公家が憎くて言ったわけじゃない」
海人もそれには頷いた。
「でも、だったらなんでイリアスはそのことを言ってくれなかったんだろう」
佐井賀は苦笑した。
「海人くんが王宮の人たちに対して、心を閉ざすんじゃないかって思ったんだろうね。自分たちの野心のために王宮に閉じ込めるわけだから。これから王宮で暮らすんだったら、禍根は残さない方がいい。イルは自分のせいにしてもらった方が、海人くんが暮らしやすいと思ったんじゃないかな」
ほんと、不器用で優しいよね、と佐井賀は言った。
海人はまた涙が出そうになった。自分が憎まれてでも海人の幸せを考えてくれたあの人が恋しくて堪らなかった。
「海人くんはイルのことが好きなんだね」
佐井賀は正確に海人の気持ちを汲み取った。海人も誤魔化すようなことはしなかった。
つらいね、と佐井賀は海人の頭を撫でてくれた。この人もまた暖かかった。
「佐井賀さん、おれもこうなった以上、いつまでもいじけてられません」
海人は零れそうになった涙を拭って顔を上げた。
「一日も早く文字を覚えて、佐井賀さんと一緒に因果関係ってやつを見つけます」
海人は決意を新たに、出してもらった炭酸水をぐいと飲み干した。
佐井賀は明るく言った。
「頼もしいよ。僕もひとりより、二人の方がいい」
にこりと笑い、海人も大きく頷いた。
海人と佐井賀が一緒にがんばろう、と手を取り合ったとき―
世にもおぞましい、獣の咆哮 が轟 き渡った。
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