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終章 巡る想い ①

 竜を消し飛ばした魔法の威力はすさまじかった。  何もしなければ、王宮だけでなく王都もただでは済まなかっただろう。  ユリウスは残る力をすべて使い、自分たちと竜とを内包する形で結界を張った。  王宮と王都への爆風の被害を軽減するためである。  元来、防御魔法が得意なユリウスは、内側からであっても安易に破れない結界を作ることは容易かった。おかげで王宮と王都の建物の損壊は免れた。  王都は数日、ざわめき立ってはいたものの、大きな混乱はなかった。  竜を消滅させたイリアスは丸二日間眠っている。  四属性混合魔法という、かつて見たこともない魔法を組成し、放ったイリアスは精魂尽き果てていた。  目前から竜が跡形もなく消えたときは大歓声が起こり、誰もが抱き合って喜んだ。  ユリウスもまた弟の肩を抱いて喜んだが、イリアスに応える力はなかった。 「すみません、兄上……限界です」  その言葉を残し、兄に体を預けるようにして意識を手放した。  ユリウスは崩れ落ちる弟を抱き止めた。  一方、二日経っても眠ったままのイリアスが心配で、海人は王宮内を歩いていたユリウスに声をかけた。  前回は数時間で起きてきたのに、今回はまったく起きる気配がない。 「結界とはまた力の使い方が違うからな。あれだけの魔力を一気に放出したんだ。神経もすり減っただろう。心配せずとも、魔力と疲労が回復すれば起きてくる」  ユリウスは佐井賀から力をもらっても眠ることもなく、変わりがなかった。それも疑問だったので、ついでに訊いてみる。 「慣れているからな。私も最初の頃はよく眠っていたよ。イリアスも慣れれば眠らなくなるだろう」  慣れ、と言われ、海人はちょっと頬を掻いた。ユリウスは口元を緩めて、海人の肩に手を置いた。 「弟をよろしくな」  そう言って、去っていった。  海人はよろしくと言われても、と複雑な気分になる。  自分は王都で暮らすことになったのだ。別れは近い。ただ、今なら笑って見送れそうだった。  いつかまた会える。そう思えた。  三日経ったら、イリアスが目を覚ました。  早く起きないかな、と海人は毎日彼の部屋にいた。  起きたイリアスは一度だけ、海人をギュッと抱き締めた。海人の心音が激しく鳴ったが、すぐに体を離されたので、聞こえなかったかもしれない。  その後はいつもと変わらず、表情の読めない顔をしていた。  イリアスが起きたことが王宮に知れ渡ると、翌日、早速国王との謁見があった。  跳躍者の存在を知る今回の関係者が一堂に集まる。  国王は玉座に着くと開口一番、イリアスを呼んだ。 「イリアス。ご苦労だった。王都を守ってくれたこと、心から礼を言う」  彼は恭しく頭を下げた。 「何か礼をしたいが、要望はあるか」  イリアスは片膝をついたまま、顔を上げなかった。 「なにもありません」    国王が口端を上げた。 「無欲なことだな」  さてどうしようか、と国王が思案したとき、王太子が声を上げた。 「恐れながら、陛下。申し上げたいことがございます」 「うん? なんだ」  王太子は一歩前に出た。 「此度(こたび)の竜飛来の件、跳躍者が二人揃っていることが原因と思われます」  王太子の朗々とした声に、全員が息を飲んだ。 「この危険性はイリアスが前もって指摘しておりましたが、私が取るに足らないことだと軽視しました。その結果がこれです」  宰相は何か言いたげな顔をしたが、口には出さなかった。 「ですので、跳躍者であるフジワラカイトは、王宮から離し、辺境で暮らしてもらうのがよろしいかと」  王太子の提言に海人は大きく息を吸った。 「預け先の適任者はイリアスでしょう。彼にリンデで庇護してもらうのが一番かと存じます」   一見すれば、王宮にとって厄介者を押し付けるような言い分だった。だが海人にとってはこれ以上ない申し出だった。  国王は(あご)に手をやった。 「宰相はどう思う」 「私も異論はありません。跳躍者が敵国に襲われる可能性もありますが、それは辺境警備隊に護衛してもらいましょう。再び竜が来られては困ります」  ふむ、と国王が頷いた。 「異議のある者はいるか」  どこからも声は上がらない。国王は一同を見回し、イリアスに目を向けた。 「では、イリアス。それでもよいか」 「はい。お任せください」    海人は信じられない思いだった。同席を許されたシモンを見る。彼もうれしそうに頷いてくれた。佐井賀もまた、満面の笑みを浮かべていた。

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