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1.天使になってしまった
「なんで、ウイなんだよ! 俺長老にっ……!」
「やめてくれ! 僕が行かなければ別の天使候補が生贄になるだけだ。そんなことは耐えられないよ」
憤る友人をどうにか宥めた。
「なんでウイが怒らないんだ!」
「だって、僕たちはその為に養われているじゃないか」
友人は絶句した。その友人もつい最近まで天使候補だった。だが三か月前に誕生日を迎える前に童貞を捨て、今は町へ出稼ぎに行っている。今回はわざわざ僕の筆おろしに協力してくれる為に村に来てくれたのだ。
「こんなことになってしまって本当にごめん。君と、一緒に町で暮らしたかったけどその約束は守れなくなってしまった」
友人が真剣な目で僕を見た。
「……もう、どうにもならないのか?」
「ならないよ。貞操帯だってつけられたし、もしこれが外れて僕が童貞を失ったとしても魔物に捧げられることは変わらないんだって」
「そんな……ならせめて俺がウイの処女をもらうことはできないか?」
僕は首を振った。お詫びに僕の処女を、とも思ったのだけど、貞操帯は僕の尻穴も覆っている。かろうじて小さな穴が開いているだけでとてもイチモツが入る大きさではなかった。
「そうか……」
「ごめんね……」
「ウイが謝ることじゃないだろ。……王の降臨が恨めしくなってしまうよ」
「そんなことを言ってはだめだ」
「ああ、わかってる」
友人はがっくりと首を垂れた。本当に申し訳ないと思ったがどうしようもない。
「ウイ」
「なに?」
「せめておっぱいをいじらせてくれないか?」
「お、おっぱい?」
僕は困惑した。おっぱいというのは乳が出るところだろう。僕の胸はまだ乳が出ないのだが。
「そうしたら諦めるから」
そんな切なそうな顔で言われてしまったら聞かないわけにはいかなかった。
僕は服を自らまくり上げ、友人に乳首を吸ったり舐めたりされてしまった。よくわからないけど、ちょっとだけ気持ちよかったと思う。でもこれで友人とはお別れだった。
連れ出してほしいなんて思わなかった。
魔物が活性化して増えれば一番最初に影響があるのはこの村だ。そしてこの村が潰れれば森の外の村、そして町とどんどん魔物に蹂躙されていくだろう。そんな恐ろしい未来が訪れるぐらいなら僕一人の犠牲で済む方がいい。
誕生日を迎えた当日、僕はそれまで使えていた魔法が一切使えなくなっていることに気づいた。天使になると一切の魔法が使えなくなるとは聞いていたが、それでも衝撃はでかかった。
長老に呼ばれ、洗浄魔法をかけてもらってから貞操帯が外された。
「ウイは無事「天使さま」となった。丁重に扱うように。少しでも傷をつけてはならんぞ」
そう、「天使」は尻穴以外が脆弱になる。ほんの少しの怪我でも簡単に死んでしまうと言われていた。洗浄魔法、治癒魔法が使えるという聖職者が僕を魔物の元まで運んでくれるという。そして可能であれば魔物の元で一緒に暮らしてくれるというのだ。その聖職者は自分よりは体格はよかったが、とても魔物に太刀打ちできそうには見えなかった。
「それは……危ないのではありませんか?」
「魔物は私に手出しはできません。私は天使さまのお世話係として共に参ります。ただし……私が追い返される可能性はあります」
「そう、なのですね」
そうなったら僕は落胆するだろう。でも追い返される方がいいということは僕にもわかっていた。どうかこの人が無事村に帰れますようにと僕は祈った。
「天使さま、私はリンドルと申します。末永く共にあることを願います」
「そんな……」
連れて行ってもらうということも申し訳なく思った。
そして僕はリンドルが操る小さな馬車に乗せられて森の奥へと向かった。見送りは誰もしてくれない、とても寂しい嫁入りだった。
「鬼」とはどんな存在なのだろう。とても大きくて、頭には羊のような二本の角が生えていると聞いた。そして肌は人と違って灰色をしているとか。
少しは優しくしてくれるといいのだけど。
そう思わなければとてもやってられなかった。
どれほど馬車は進んだのだろうか。辺りがかなり暗くなってから馬車が停まった。
「ウイさま、そろそろ鬼がやってくると思います。今しばらくお待ちください」
「……はい。あの……僕のことは置いて行っていただいても……」
「それは絶対にできません」
リンドルはきっぱりと断った。馬車が停まるとだんだん寒くなってきた。僕は薄絹の衣裳しか身に着けていなかったから、毛布を出してそれを膝にかけた。
その時だった。
「聖なる者、何の用だ」
唸るような、とても低い迫力のある声が響いた。
「ひっ……」
それはなんて恐ろしい声だっただろう。情けないと思う間もなく、僕は涙目になった。
「その恐ろしい声を抑えなさい。天使さまが怯えてしまいます」
「なんだぁ? 貴様花嫁を連れてきたのか」
「はい。大事に扱わないならばすぐに連れて帰りますからね」
「そんなことはさせねえ!」
ガタン! と大きな音がして馬車の扉が乱暴に開かれた。
「ひぃっ!?」
でかい、と思った。僕よりも一回り以上大きないかつい顔が馬車の中を覗き込んできた。その頭には羊のようなねじれた角が……。
「お前が天使か」
「……ひゃ、ひゃい……」
鬼だった。その鬼はじっと僕を見つめると、その大きな腕で掬い上げた。そして至近距離ですごんだ。
「ひぃっ!?」
「逃げようなどと考えるなよ? そんなことをしたら地の果てまで追いかけて食ろうてやるからな?」
じわ……といきなり股間が熱くなった。
「うん?」
僕はあまりの恐ろしさにもらしてしまったのだった。
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