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32.気になったことを聞いたら
昼食を運ばれると同時ぐらいに長が戻ってきた。僕は嬉しくなって顔が緩むのを感じた。
だけど長は僕を見ると、苦虫を噛み潰したような表情になった。元々が怖い顔をしているからそんな顔をしたつもりはなかったのかもしれないけど、ちょっとだけ切なく思った。
リンドルが長に僕を手渡す。長は当たり前のように僕を受け取ると、きつく抱きしめた。
「っはっ……旦那、さま……おかえりなさい……」
苦しいけどどうにか伝えたら、更にきつく抱きしめられてしまった。もっと息が苦しくなるし、身体もみしみしいっているのが感じられた。死んじゃうかも?
「長様ー、そんなに強く抱きしめたら天使さまが折れちゃいますよー」
カヤテが慌てたように言い、長はそれにはっとしたように腕の力を抜いてくれた。ちょっと気が遠くなりそうだったから助かった。
「……悪かった」
「いいえ……」
抱きしめられるのは嬉しいから、僕は長に精いっぱい抱きついた。
「……なんでこんなにかわいいんだ……」
長ははーっ! と大きくため息をつくと、僕をあぐらをかいた上に座らせた。そして昼食を一緒に食べた。
味付けは素朴な物が多い。僕が食べやすいようになのか、小さめに切られていたりして嬉しいと思う。視線を感じてそちらを見やるとカヤテが笑みを浮かべて僕たちを見ていた。僕の食べ物などはカヤテが指示してくれたに違いない。ありがたいことだと思った。
肉もあったが魚も多い。そんなに川魚が豊富なのだろうか。気になって長に聞いてみた。
「川がすぐ近くにあるのでしょうか」
「ああ? まあ、遠くはねえな。けっこうでけえ川だ」
「そうなのですか」
「見たいのか?」
思いがけないことを言われたけど、ちょっとだけ考えた。
もし連れて行ってもらえるなら、見せてほしいとは思う。
「見たい、です。でも、無理そうなら……」
「無理ってことはねえだろう」
長はカヤテに声をかけた。カヤテはこめかみに手を当てた。困らせてしまったようである。僕は慌てた。
「……無理ではありません。少しぐらいであれば問題ないでしょう。長が走れば、魔物も付いては来られませんし、川も近くに寄らなければ魔物が飛んでくることもないはずです」
やっぱり魔物っているんだ、と再認識した。
そもそも、鬼も魔物だった。でも全然そんな気はしない。魔物の定義ってなんなんだろう。
「どうした?」
無意識のうちに首を傾げていたらしい。心配させてしまっただろうか。僕は申し訳ない気持ちになった。
「……なんでもあ……」
「なんでもないってこたあねえだろう。答えろ」
長に命令されたら逆らえない。
「……はい。その……魔物の定義ってなんなのかなって……」
「ああ?」
聞き返す声が低くなってとても怖い。答えなきゃよかったと思っても、答えないわけにはいかなかったわけで。
「長様ー、天使さまを威嚇してどうするんですか? 天使さまが怖がっておもらししたら私が面倒をみさせていただきますからね」
「……てめえ……」
「威嚇しても無駄ですよ」
こんなに怖いのにカヤテは平然としている。僕もそのうちカヤテみたいに強くなれるだろうか。
「魔物の定義とは人が決めたことですので、人から言わせれば私たち鬼は魔物ですね。その基準は、人に危害をくわえるかどうかという判断だけです。また、鬼自体は魔法は使えません。魔法が使えないということで、神から見捨てられた生き物という扱いなのです」
「そんな……」
カヤテが説明をしてくれて、僕は愕然とした。それなら魔法が使えなくなった僕は神に見捨てられた存在となるのだろうか。
「ただこれはあくまで人の基準です。神がいるのかいないのかも曖昧です。人と番う鬼はごくわずかですし、我々からすると人は性処理道具に過ぎません。それもすぐに壊れてしまう欠陥品です。ですが天使は違います」
「あ……」
「天使さまのおまんこはいくら犯しても壊れません。最高の性処理道具です。もちろん、貴方は別格だ」
性処理道具と言われたけど、その通りだから黙って聞いていた。長の方が怒っているように感じる。
「貴方は長のかわいいお嫁さんです。定義など考える必要はないのですよ」
「……ごめんなさい」
魔物だとか、そうじゃないとか考えるだけ無駄だったことにやっと気づいて僕は謝った。
「謝るな」
長に言われて困ってしまう。謝らせてほしいと思ったから謝ったのだ。
「川に行かれますか? そうされるのでしたら準備をしてまいりますが」
「どうする?」
聞きたかったのはそれではなかったのだけど、川を見に行けば今まで見えていなかったことが見えてくるかもしれない。
「今日ではなくてもいいんですけど、いつか見に行けたらいいなって……」
「それでいいのか?」
「はい」
「結界魔法を使います。虫や魔物が天使さまに触れたらたいへんですから。川へはどれぐらいで着くのでしょうか」
リンドルが準備をする。
「長様が全力で走って半刻ぐらいですか」
「そうだな。結界があれば風でやられることもないだろう」
いつのまにか本当に川へいくことになってしまった。嬉しいと思った。
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