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51.好きで好きでたまらないから

※前半、*の区切りまで暴力表現があります。飛ばしても内容はわかると思います※  全身に噛みつかれた。痛くて、痛くて、でも長が好きだから泣きながらそれを受けた。 「長殿っ!」 「長様っ、天使さまが死んでしまいますっ!」 「長様っ!」  いろんな人の声が聞こえたけど、長は止まらなくて、イチモツを受け入れて精を放たれて、血まみれのまま何度も何度も……。 「だんな、さま……」  どうしてそんなに怒ってるの? 僕は貴方が好きなだけなのに。  貴方にだけ、抱かれていたいだけなのに。  *  *  再び目覚めた時、血まみれだったはずの僕の身体はなんともなかった。きっとリンドルが治してくれたのだろうと思った。  聖職者ってすごいなって思う。鬼の血を引いているから鬼にも対抗できるというし、そう考えるとリンドルは最強なのではないだろうか。  そんなとりとめもないことをぼんやり考えた。 「だんな、さまぁ……」  僕を抱きしめる腕がない。僕を閉じ込める大きな身体がない。いつのまにか目が潤んで、ぽろぽろと涙がこぼれた。  抱かれたから好きになった。僕は単純だから、大事にされているから長のことが好きで。  天使は身体に引きずられるって、優しく抱いてくれる相手をすぐに好きになってしまうって。  でも、相手が天使のことを好きでなければ、愛してなければ好きにはならないって。 「ウイ様、目覚められましたか?」  リンドルが僕の様子に気づいてくれた。 「だんな、さまは……?」  支えてもらって身体を起こし、持ってきてくれたコップを持って水を飲んだ。それでひどく喉が乾いていたことに気づいた。水差しも持ってきてくれていたから何杯かもらう。  人心地ついたところで寝室の中を見回した。  仕えてくれるという鬼が二人ほど部屋の隅にいたけど、長とカヤテの姿がなかった。仕事だろうか。 「リンドル」 「はい」 「旦那さまは……?」  リンドルは嘆息した。 「狩りに行っています」 「……狩り……?」  首を傾げた。食べ物を自ら獲りに行っているんだろうか。長はすごいなぁって思った。 「カヤテは?」 「共に行きました」 「そう……」  じゃあすぐには長には会えないのかと思ったらがっかりした。  それよりも。 「リンドル……」 「なんでしょうか?」 「どうして天使候補のこと言ったの? 三か月後ならって……ジュンはあんなに嫌がってるのに……」 「本気で嫌がっているのならば逃げ出すことはできるはずです。ウイ様の幼なじみが別のところにいるのでしょう? 本気で嫌ならばそういう伝手を使って出ていけばいい。それをしないならば受け入れているのと同じことです」 「そんな……」  僕はそうなるように育てられて、そういうものだと思っていたからいいけどジュンは……。 「それに、ジュン様もこちらに来ることを了承されています」 「え!? それってどういう……」  どうして? あんなに鬼になんて、って言っていたのに。 「ウイ様と共にいたいそうです。側にいられるならば天使になると聞きました」 「そんな……」  僕は戸惑った。  会うたびにつっかかってきて、天使になる奴なんかだめだとか、絶対にこんな村出てってやるとか言っていたのに。 「でも、僕の側にいたってしょうがないのに……」  魔法も使えないから何があっても助けてあげることもできないし。 「愛撫だけ、という話であればすぐにでも来させるという連絡を受けています」 「そんな……」  愛撫だけなら天使でなくとも壊れることはないだろうけど、でももしも我慢できなくて襲う鬼がいたらたいへんだ。 「天使じゃないと……その、死んじゃったりするんでしょう?」 「そこは厳重に管理するようですね」 「せめて、天使になる少し前とかにできないのかな? 僕はいくら抱かれても大丈夫だけど、天使じゃなかったらその……」 「そこは相談してみましょう」  そこまで話して、僕は自分の身体を癒してくれたことの礼を言っていないことに気づいた。 「あ、リンドル」 「はい、なんでしょう?」 「その……治してくれて、ありがと……」 「当たり前のことをしただけです。本当にひどい状態でしたから……ウイ様がショック死しないかはらはらしていましたよ」 「ショック死?」 「身体の機能が止まって死んでしまうことです。ひどいストレスを感じたりするとそうやって死んでしまう人もいますから」 「そっか……」  死ななくてよかったと思った。 「その……長はいつ頃帰ってくるの?」 「早くて夕刻かと。ウイ様の身体に必要なものを獲ってくるという話でしたから沢山狩ってくるのでしょうね。あれだけ血を流しましたから血を補充しなくてはなりません」 「血……」  そういえばあちこち噛みつかれた気がする。今はもうキレイに治っているけど、僕自身にも噛みつかれてさすがに死ぬかと思った。 「旦那さまは……もう怒ってない?」 「……ウイ様に嫉妬を向けてしまったことを悔いているようでしたよ。あんなひどいことをするつもりはなかったと。ですが、あれが鬼の本性です。恐ろしくはありませんか?」  怖いは怖いけど、長に抱きしめられたくてしょうがない。長のことを想うと胸が甘く疼くのだ。これはいったいなんなんだろう。 「怖い、けど……早く会いたい」 「ウイ様……」 「お話、して……誤解をときたいし……それに」 「それに?」  恥ずかしくて、また目が潤んできた。 「旦那さまに、抱いてほしい……」  リンドルが息をついた。 「……なんでしょうね、このかわいい方は。どうして私のものじゃないんでしょうか。長殿を怖がるようならさらってしまおうかと思ったのに……」  ぶつぶつ言いながらリンドルが立ち上がる。そして襖をスパーン! と勢いよく開けた。 「……聞いていたんでしょう? 長殿、獲物はどれほど獲ってこられたのですかっ!?」 「旦那さま!」  バツが悪そうな顔をした長が、寝室の前にいた。  僕は布団から出てはいけないという命令なんか忘れて長に近寄ろうとした。それを誰かの腕が止めた。 「ただいま戻りました。天使さまは布団にいないとだめですよ」  カヤテだった。 「でも、旦那さまに……」 「やっぱりメロメロじゃあないですか。こんなけなげでかわいい嫁を傷つけるとか長様は本当に何を考えているんでしょうね~? 今からでも奪えるなら奪い取りたいですよ!」 「……だめだ!」  長がずん、ずんと一歩一歩踏みしめるように寝室に入ってきた。僕は嬉しくなって長に手を伸ばした。 「旦那さま」 「どけ」  長がカヤテをはたいて飛ばした。やっぱりすごい力だなと思った。カヤテは部屋の隅まで飛んでいった。 「痛いじゃないですか!」  抗議できるんだから大丈夫かなと思った。長はそれを無視した。 「……すまなかった」  長が僕の目の前で深く頭を下げた。 「リンドルから聞いた。ここに来るのを嫌がっている天使候補がいると。だからお前は止めさせたかったんだと」 「はい……」  でもジュンが僕の側にいたいというならいいのかもしれない。 「嫉妬で……お前を殺してしまうかと思った……本当に、悪かった……」  僕は長の握りしめた拳にそっと触れた。 「僕、生きてますよ?」  長がはっとしたように顔を上げた。その顔が困っているように見える。 「旦那さま、優しくしてください……」 「ああ……優しくする。俺から離れられなくなるぐらい、甘く抱いてやる……」 「はい、抱いてください……」  抱きしめられて、そっと口づけられて、僕は幸せだなって思った。

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