7 / 63
05
途端、外気との温度差からか覗き窓が曇る。部屋の中はいまだに暖房が効いていて、少し汗ばむくらいの室温に設定されていた。
早速、マイクやエコーの調整を始めた高橋らを尻目に、取りあえずは空調を暖房から送風に切り替える。その部屋は思ったよりも狭かった。
「なんか狭くね?」
「あとで5人来るって申告した?」
「あ。忘れてた」
「うわ。有り得ねー」
「つか、女の子と密着できて案外、いいかもよ?」
案の定、萌衣たちがやって来ると室内はすし詰め状態で、
「ねえ弓弦 くん。ミスチル歌ってぇ」
俺の隣を陣取った萌衣は俺に体を擦り寄せて、必要以上に甘えた声でそう言った。萌衣たちが勝手に男性ボーカルのバラード曲を何曲か入れているのを横目で眺めながらも、俺は気が気じゃなかった。
この壁を一枚隔てた向こうに俺が敬愛するギタリストがいる。確か俺と同じ高三で、ライヴのMCを聞く限りでは行動範囲から予測すると同じ学区内らしいのだ。
「恋しくてぇー」
バラードだと言うのに歌うと言うより、がなりたてる高橋のせいで隣の音は一切聞こえない。途中、
「ちょっとトイレ」
隣で歌っているKが気になって、仕方なくトイレに行くふりをして何度も前を通ってみた。だがしかし、何度往復してもKは廊下側に背を向けたままだった。
もともとKの演奏スタイルはギターを抱えるようにしてうつむき、長い前髪で顔を隠す姿勢で頭を振り乱しながらギターを掻き鳴らすスタイルで、その正体もベールに包まれたままで顔もよく知らない。
その謎めいたバンドスタイルやら何やらがまたマニアの心をいたく刺激するらしく、彼らはライヴを重ねるごとに総動員数やファン数を増やしていった。
そんなすごいバンドのカリスマがこのドアの向こうにいるのに、部屋の中に一歩足を踏み入れる勇気が出なかった。何度もトイレに立っているからか、
「柴田くん大丈夫?」
女の子たちに心配されてしまう。腹を壊していると思われているなら情けないが、それより隣が気になって仕方がない。
「え、あ。うそっ」
せめてKが部屋を出る時に顔だけでも見ようと思ったのに、俺が本当にトイレに行っている間にKは帰ってしまった。後悔するも後の祭り。無人の部屋を見遣って途方にくれる。
ともだちにシェアしよう!