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06
「柴田くん。次だよ」
「ん。ああ」
結局はKの素顔も見ないまま、最大のチャンスを逃してしまった。それからの自分は何をしたのか、実はあまりよく覚えてはいない。
「……ということで、罰ゲームは柴田に決定!」
「えー、うそっ。弓弦くんすごく上手だったのにぃ」
ただ、カラオケの採点ゲームの点数が一番低かったらしく、俺が罰ゲームを受けることに決まってしまった。
ここで一言、言い訳をさせてもらうと、俺は決して音痴だというわけではない。歌もそれなりに歌えるし、一応はボーカリストとしても活動できるぐらいの歌唱力はあると自負している。
そんな俺の歌がなぜ最下位だったかと言うと、その採点システムに関係している。一概にカラオケの採点システムは、原曲に忠実に歌うと高得点が打ち出されるように設定されている。つまりは音程とリズムにだけ気をつけて原曲どおりに歌えば高い得点が得られるわけで、一聴して決して上手くはないやつほど何故だか高得点を取れたりするのだ。
反対に言えばある程度のバンド経験もあって、曲をアレンジして自己流に歌うやつの歌のほうが得点が伸びないことになる。わざと溜めて歌ったり音程に規定外な高低をつけたりの自己流のアレンジを加えると、その分のリズムがずれているとか音程が外れていると見なされ、減点されてしまうからだ。
「じゃあ、罰ゲームはそれに決定な」
「決行は明日。期限は丸一日ね」
そんな言い訳が通じるはずもなく、罰ゲームを受けるのは俺に決まってしまった。
――それから小一時間後。
部屋にこもっていたから気付かなかったけど、もう結構いい時間で、
「したっけ。また明日」
「柴田。萌衣ちゃんに何かヘンなことしたら許さないからな!」
高橋から何故かそう釘を刺されながら、萌衣と一緒に帰路に着く。萌衣はどうやら俺に気があるらしく、仲間の中で俺だけは下の名前で呼ぶし、一緒に遊んだ時は何故だか必ず俺が彼女を送って行くことになる。
「採点マシーンの採点方法っておかしいよね。弓弦くんが最下位のはずないもん」
そんな萌衣から謂 れのない慰めを聞きながら、俺はさっきのKのことばかりを考えていた。Kとプライベートでニアミスしたのはこれが初めてで、初めてKが実在しているんだと思えて。
最寄の駅まで萌依を送り届け、萌衣を乗せた電車が発車するのをぼんやり見送った。
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