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「新曲だったな」
曲調や声でKだと分かったが、Kが歌っていた曲は初めて聴く曲だった。その曲はまだ歌詞さえついていないようで、Kはでたらめな英語で歌っていた。
萌衣を送った帰り道。いつもの帰路をたどりながら思い出す。ちらりと見えた背中は決してそんなに大きくもなくて、Kは自分と同じ等身大の高校生なんだと実感した。
「カラオケとか利用するんだ。スタジオ代わりかな」
雲の上の存在だったKをいきなり身近に感じて、胸が踊った。だいたいの音楽スタジオの部屋は一人では借りられないから、Kはカラオケの部屋をスタジオ代わりに利用したんだろう。
雲の上から降りてきたKは案外、庶民的で、俺と同じ普通の高校生なんだと思うと無性 に嬉しかった。
Kは普段、どんな曲を聴いているんだろう。どんなバンドが好きで、そのバンドにまつわるエピソードだとか。とにかくいろいろと聞いてみたい思いに駆られる。
「……次に会ったら話し掛けてみようかな」
そう独りごちながら見上げた空。その空、一面に札幌の街中では見えるはずがない、散らばった無数の星が見えたような気がした。
結局、その日も練習さえもできずに終わったけど、Kとの遭遇を思うとそれだけでなかなかなか充実した一日だった。家に帰り着き、早速パソコンを立ち上げた。ドロップ・アウトの公式サイトにアクセスをして、新曲やメンバーの近況をチェックする。
「へえ、正規ドラマーまだ見つかってないんだ」
Kのブログの新着記事は新曲を作曲中だというもので、あの時、歌っていたのはやはり新曲なんだと思うとまた胸が踊った。
ドロップ・アウトは正式なドラム担当者がまだ決まっておらず、ライヴではいつも他のバンドのドラマーがサポートメンバーとしてついている。正規のメンバーはギター&ボーカルのKとベーシストのシンの二人だけで、このベーシストのシンもまたカリスマベーシストだ。
シンは二十歳になったばかりの美容師で、カリスマ美容師とバンドマンとの二足の草鞋 を履いている。実は俺の髪は、そのシンが働く店でシンにやってもらっていたり。
唯一の接触がそれだけで、Kにプライベートで遭遇したのは初めてのことで悪戯に胸が騒いだ。少々、力不足ながら同じ音楽を志す人間として、Kと同じフィールドに立ってみたかった。
そんな素直な気持ちで、Kと接触したかった。
「あ。こないだのライヴ音源アップされてる」
音源のダウンロードを済ませ、ベッドの上に仰向いて寝転がる。瞼が重くてもう開けてはいられない。ゆっくりと瞼を閉じると睡魔に襲われた。
「また、会えるかな」
その日は思い掛けず、すぐにやって来た。
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