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「……ふっ。先に腹ごしらえしとく?」
慧はまた可笑しそうに笑うと、そのまま店内に入って行った。
賑わう店内は高校生らしき客で埋まっていおり、いつもなら好奇な目に晒されている状態なんだろうけど、今日は地味な見た目だからか女の子からの視線は全く感じない。
今、俺たちに注がれている視線は、俺たちと同じようにバンドマンらしき男子からの視線が大半だ。ギターケースを抱えた金髪の慧はどこからどう見てもバンドマンで、反対に黒髪に戻した俺はどう見えているのかが気になった。
「持ち歩いてるの、ドラムスティックだけじゃないんだ」
二人とも長い前髪で顔を隠してて、怪しいことこの上ないし。
「うん。一応はキックペダルとスネア、シンバルも自分用のを使ってる」
それでも、いつも感じる女子からの不躾な視線がないだけマシか。
「うちさ、親父が喫茶店やっててさ。いわゆるロック喫茶ってやつ。夜はバーなんだけど。そこでも練習してるし、コインロッカーには置いとけないかなって」
カウンターで俺はAセット、慧はBセットを注文して、店内の出入口に一番近い席を陣取った。
その席は自動ドアと窓ガラスから外が一望できて、道行く人の観察もできる席だ。慧はどうやら開放的なほうが好きらしく、ラーメン屋なんかの飲食店も出入口付近の外と向かい合った席に着く。
「そう言う慧は家にもあるの?」
「ん?」
「ギター」
自分専用の物を持ち歩く俺とは違い、慧は学校にアコースティックギターも置いていて、屋上の踊り場の隅の、今は使われていないロッカーにそれを仕舞っている。
「うん。駅のコインロッカーに置いてあるこいつが言ってみればバンド用で、一応は部屋にある練習用のと使い分けてる」
慧の場合はKとしての姿は秘密にしてるから、Kじゃない海月慧の時に持ち歩けないからだろう。ギターケースを提げて歩くとバンドをしてることは一目瞭然で、嫌でも目立つ。
俺の場合は大きめのバッグがあれば、それに器材を入れておけばいい。ギターケースを持ち歩く慧とは違い、バンドをやってることも気付かれにくいし。
慧はギターケースを床に下ろすと凝り固まった箇所をほぐすように小首を傾げ、肩を何度か後ろに回した。
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