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風呂から上がってタオルで軽く髪の水気を吸い取ると、半乾きのままベッドに倒れ込んだ。夢見心地で今日一日を振り返れば、バンドの練習だけでは得られない不思議な高揚感 に気づく。
それが何故なのかも薄々気付いているけど、それをはっきりさせるにはまだ少しだけ勇気が足りない。
髪をバージンヘアに戻してからこちら、ヘアセットに掛ける時間が大幅に減った。周りに合わせる必要がなくなったこともあるけど、あらかじめスタイリングされたヅラを装着するだけで毎朝の身支度が事足りるからだ。
このまま眠ってしまえば寝癖がつくことは分かっているけど、襲ってくる睡魔には勝てそうもない。睡魔に負けてゆっくりと目を閉じれば、自分の心臓の音がやけに大きく聞こえた。
例え自分の音でも心音は、どうやらヒーリング効果があるらしい。早くに亡くなった母さんの胎内での記憶がそれを物語るかのような、穏やかなまどろみに包 まれて動けなくなる。
その心音に隠れるように僅かに紛れる音は、俺たち、SSRが奏でる音。今日、新たに生まれたばかりのスローバラードが胸を締め付けて、なぜだか急に泣きたくなった。
体だけが先に睡眠状態へと持っていかれた状態で、何故だか感覚だけが研ぎ澄まされる。もう動けないのに様々な想いが溢れて止まらない。それは、とうとう走り出したSSRを象徴してるようにも思えて胸が熱くなる。
初めての本格的なバンド活動で得たものはあまりにも多すぎて、上手くまとめることができない。ただ一つだけ言えることは、やっぱり俺は音楽が好きだと言うことだ。両親から受け継いだDNAから作られた血液は脈々と全身を廻って、それを今更ながらに実感させる。
どうやら親父が店を閉めて戻って来たようで、部屋の外から微かに物音が聞こえてきた。それでも起き出せないでいると、やがて物音が消え、再び静寂に包まれる。
ここに来てようやく眠気に襲われて研ぎ澄まされていた感覚がゆっくりと解けていく。
初めての本格的なバンド。初めての本格的なライブ。それも、ずっと憧れてきたドロップ・アウトの二人と新たなバンドを組んで。
『弓弦……』
眠りに落ちる瞬間、誰かが俺の名前を呼ぶ声が聞こえたような気がした。
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