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自分の目の前で百面相している俺をどう思ったのか、
「……くくっ」
そんな挙動不審の俺を見て、慧は喉の奥で小さく含み笑った。
よくよく考えてみれば俺と慧は同い年で、同じ高校に通っている。実際に出会う前のKは俺にとって特別で崇拝して止 まない、決して手が届かない対象だったが、そんな慧がこうして目の前で笑っている。
「……ふっ」
手を伸ばさなくても、少し動けば体に触れることができる距離で。
背だって俺の方が高いし、体格だって俺より少し華奢なくらいだ。ただ、決して一般的な男らしい見た目じゃないのに、慧はたまらなくかっこよくて男前な性格をしている。
(これって、惚れた欲目ってやつか?)
とにかく、何故だか俺には慧の全てがかっこよく見えてしょうがなかった。
結局、その日も真夜中過ぎまでそんなふうで、
「弓弦、今夜の夜食も美味かった。また明日」
日付が変わってしばらくした頃に、慧はそう言って帰って行った。よそよそしいというか、最後のほうは意識してこちらを見ないようにしていたように思えるのは俺の気のせいだろうか。
『弓弦』
慧が俺に話し掛ける時は、いつも最初に名前で呼び掛けてくる。自分の名前のはずなのに、その響きがすごく優しくて、何故だか特別な名前のように聞こえて仕方がない。
そもそも、ドロップ・アウトに惚れ込んだのも、Kの歌がきっかけだった。曲もいいし、ギターやベースも最高だけど、歌というより、Kの声そのものに惹かれたんだと思う。
だから、慧から弓弦って名前を呼ばれるたび、なんとも言えない不思議な気分になる。おまけに慧はまるで口癖であるかのように、事あるごとに『弓弦』を連発するし。
その夜もなかなか寝付けなかった。最近はいつもそうだ。頭の中を男前な慧が占領していて、慧を思えば思うほど眠れなくなる。
「……寝、なきゃ」
SSRの初ライブまで、もう何日もない。あと三回寝て起きたら、俺たちの初めてのライブステージの幕が開ける。
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