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Chapter 3 ... スタートライン  例えば耳に届く全ての音が音楽で、心地よいものなら不快感や苛立ちを感じることはなくなるだろう。 「でさ、柴田。聞いてる?」  高橋の口から飛び出してくる耳障りな大声を聞きながら、俺はそんなことを考えていた。 「聞いてるよ。また萌衣にフラれたんだろ」  音楽のジャンルの一つにノイズ音楽というものがあり、それは正規の楽器を使わずに、例えば電動工具の作動音や金属を擦り合わせて作り出した耳障りとも取れる、一般的には不快だと思われている音を楽しむ特殊なものだ。 「またって言うなっ!」  そんなふうに不快な音も感じる人間によっては心地よいらしいが、どうやら俺はそうじゃないらしかった。  慧たちとバンドを始めてから、以前のように高橋たちとは頻繁に遊ばなくなった。当然のように萌衣と会う機会もぐんと減り、そのぶん、萌衣と急速に仲良くなったと高橋は喜んでいたんだけど。  今度こそいけるかと何度目かの告白をしてみたらまたこっぴどくフラれたらしく、教室に入った早々、高橋から散々愚痴を聞かされた。 「イケメンは特だよなー。柴田、萌衣ちゃんにも好かれてるし」  笑えるぐらいに鈍感な高橋はそう言って、俺のことをじっとりした所謂じと目で睨んでくる。好かれてるっつか、多分、狙われてるんだけどな。下世話な言い方だと。  何しろ俺の目の前に来ると途端に声が変わるし、自分は可愛いんですアピールも半端ない。萌衣から告られたことはないけど俺に告らせたい感が見え見えで、こっちは会うたびになんとかやり過ごそうと必死なんだけど。  そんな萌衣のことを女の子って可愛いなぐらいの気持ちで適当にかわしてきたけど、最近、そんな萌衣のことも(わずら)わしく思うようになってきた。 「萌衣ちゃん女子校だし、男に免疫がないんだろうな」  多分、俺が変わってしまったんだと思う。特にバンドを始めて、慧と出会って。 「だからグイグイも行けないし。ホント、大事にしたいんだよ」  好きの感情が向かう矛先が少し違ってきたというか……、ほんと。自分でもよく分かんないんだけどさ。  慧とずっと一緒にバンドをやって行きたいし、慧の笑った顔をずっと見ていたい。それからよく分かんないけど、慧にたまらなく触れたくなることもあるし。  とにかく、慧のいない毎日はもう考えられなくなっている。

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