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結局は初ライブ前日ということで、慧は全てを後回しにして最終調整に入ったらしい。正規の仕事を持つ朗さんだけは美容室を閉めてからの練習参加になったが、俺も慧も一週間前からバイトは休んでSSRの初ライブに向けて調整している。
「お疲れー」
いつもより入念なリハーサルを兼ねた練習が終わった頃には、午前0時をとっくに越えてしまっていた。
「また明日な。弓弦、腹出して寝るなよ。腹下すぞ」
「なっ、そんなことしませんよ!」
いつものように朗さんを見送って、慧と二人でバンドマン仕様の変装を解く。
「朗さん……、腹壊すぞって。俺は子供か」
どうやら慧は朗さんの捨て台詞が笑いのツボに嵌まってしまったらしく、さっきからずっと笑いを噛み殺し、時々思い出したかのようにプッと吹き出している。
「……慧。笑いすぎ」
「――ぶっ。や、悪い」
本当に悪いとは思ってないだろう慧はそう言うと、俺からあからさまに顔を逸らした。
「まあ……、別にいいけどね」
朗さんのお陰で、さっきまでの張り詰めた雰囲気がいい感じに和らいだ。やれるだけのことをやったから、あとは明日のライブに全てをぶつけるだけだ。
「とうとう明日か」
「うん」
俺たちはこの日のために、毎日練習してきた。だがしかし、ただ練習するだけじゃちゃんとしたバンド活動だとは言えない。
なにしろSSRはドロップ・アウトという母体があって、言ってみればドロップ・アウトのファンも引き継ぐことになる。そのファンの人たちに向けて俺たちの音楽を届けることこそが、今の俺たちがやるべきことだ。
そのドロップ・アウトの音楽を心待ちにしていた一ファンだった俺が、SSRの音楽を届ける側に回る。そう思うと、とても不思議な気がした。
例のドロップ・アウトの公式サイトはURLはそのままに、SSRのものへと書き換えてある。今回のライブの告知は公式サイトだけで知らせたが、ライブチケットは発売開始10分で完売してしまった。まあ、ライブ会場は親父の店で、ライブ自体も定員が先着30名と小規模なものだけど。
それでも、そのバンドの正規メンバーとして俺もライブに参加することが未 だに信じられなかった。そんな俺を奮い立たせてくれるのは、
「弓弦。明日は、いいライブにしような」
慧のSSRに対する真っすぐな気持ちだけだ。
初ライブを敢行 するにあたり、俺たちはフルアルバム一枚分の曲を仕上げてサイトにアップした。日々の練習から生まれた新曲のダウンロード状況はどうやら順調らしく、ライブが成功することは間違いないだろう。
バンド自体はもう始動してるけが、言ってみれば明日から本格的な活動が始まるわけで、否が応でも士気が上がる。初ライブ前の最終練習日だと言うのもあるのか、恋わずらいだとかなんとかうだうだやっていたのは忘れてしまった。
チェンジアップは滞りなく済んだ。あとはスタートラインをしっかりと踏み締めて、華麗にスタートを切るだけだ。問題は、ズブの素人の俺のことをドロップ・アウトのファンの皆が受け入れてくれるかどうか。
今夜は新月。少し猫背な背中が暗闇に溶け、見えなくなるまで見送った。
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