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第35話
それから数日後、アンドレイは一人で外を歩いていた。
誰も連れずに歩くことは珍しいが、ルイは父親から用事を言い付けられており不在だったのだ。
アンドレイが外に出てきたのは、ただ散歩がしたかっただけ。
本来なら護衛の一人も付けずに歩くなど無防備で危険なのだが、一人の時間が欲しい時もある。
アンドレイは、普段はあまり人が来ない庭園の方に足を向けた。先ほどからなぜか視線を感じる気がするが、気にしないようにした。
庭園に着くと、バラなどの美しい花々が咲いていて、アンドレイの心を癒してくれる。何かと窮屈な宮中にあって、こうした庭園の存在は人の心を和ませてくれるもの。
『今度から、たまにでもここに来ようか……』
ふと、そんなことを考える。
ここで育ったとはいえ、宮中にいれば疲れることも多い。ましてや自分は王子だし皆に見られる存在だ。たまには、息抜きの場が欲しくなる。
しかし、どういったわけか一人になりたくて訪れたこの場所だったはずが、花を眺めているとルイの顔が思い浮かぶ。そして、一時でも離れていたくないと思っている自分に気づいた。
『おかしいな、私は』
アンドレイは自嘲気味にふっと笑った。
癒されたところで帰ろうとしたところで、アンドレイに向かって走ってくる女が眼前に飛び込んできた。
よく見ると、手には刃物が握られている。一心不乱にアンドレイに向かってくる女は、先日見かけたあの侍女のようだ。その形相は、憎しみに満ちているのがアンドレイにもありありと分かる。
しかし、恐怖にアンドレイの身体は固まってしまい、動くことができない。
王子という立場上、普段から十分に用心をすべき身だが、襲われることが頻繁にあるわけではないのだ。リカルドの刺客に切り付けられたことはあったが。
あっという間に女は距離を詰め、「王子様、ご覚悟!」と言いながら思いっきりアンドレイの腹部を刺した。そして「お恨み申し上げます」と呟き、女は去っていった。
アンドレイはその場に倒れ、次第に意識を遠のかせていく。
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