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03.なぜ、こうなった
* * *
無事に体調を回復することができたダニエルは在校生として入学式に出席をしていた。生徒会役員以外の在校生の参加は強制ではなく、参加を希望する者だけの為、例年、空席が目立っているのだが、今年はほとんどの在校生が参加をしていた。生徒会の打診を断り続けているダニエルの参加を聞きつけた在校生がほとんどなのだろうが、本人は気づいてもいないだろう。
……鬱陶しい。
入学式の注目を集めるのは新入生であるべきだ。
ダニエルが何度も文句を口にしても聞きいれられることはなかった。
……これだから注目を集めるのは嫌いなんだ!
体調不良を引き起こす危険性が高いダニエルを生徒会役員だけが座ることができる席に案内をされていた。それは在校生にとってはダニエルが生徒会の打診を受け入れたように見えたことだろう。
不機嫌なダニエルの態度に見慣れているのだろう。
生徒会会長を務める第一王子、ユリウス・ギルベルトを中心とした彼らは誰も気にしていなかった。
「……我慢できねえ。俺は一般参加のところに行くぞ」
「また倒れて妹ちゃんの入学式を台無しにするつもりかぁ? お前、それだから性悪だって言われるんじゃねえの」
「誰が台無しにするか! ここからだとアーデルハイトが遠いんだよ!!」
「一般参加でも変わんねえだろ。ほら、妹ちゃんが落ち着かないみたいだぜ? 大人しく座ってやれよ。かわいそうだろ」
「は? なんでアーデルハイトが俺がここにいるのを知ってんだよ!」
フェリクスのネクタイを引っ張る。
露骨なまでに威嚇をするダニエルの様子を観察をしているのだろう。一階にいる在校生たちから黄色い声があがる。入学式が始まる前とはいえ、本来の目的から外れている在校生たちに対し、教授たちは頭を抱えていた。
「僕が教えたんだよ、ダニエル」
「……殿下。なんでまた余計なことをしてくれてるんですか」
「アーデルハイトが心配をしていたからね。入学式なのに不安を抱えたままだと可哀そうだろう?」
「……それは、どうも。ご配慮をいただいたみたいで、すみません」
「構わないよ、たまには婚約者らしいこともしてあげないといけないからね」
ユリウスの言葉を聞き、ダニエルはフェリクスのネクタイを離す。
……今はこれなのに婚約破棄するんだよなぁ。
ユリウスが望んだ婚約ではないことは知っていた。アーデルハイトの強い思いに負けた両親が国王陛下に打診をした結果であり、ユリウスもそれを王命として受け入れただけである。そこに愛はないのだろう。
……たまにはアーデルハイトを甘やかしているらしいけど。
嬉々として報告をしてくるアーデルハイトはユリウスのことを慕っている。
兄としては妹の恋を応援したい。しかし、ダニエルには危機感もあった。乙女ゲームの知識が正しければ、ヒロインとの恋に落ちたユリウスにより、アーデルハイトは婚約破棄をされることになる。後は不幸のどん底に落ちていくだけだ。
……警戒をしておくのに越したことはねえよな。
大人しく座り直す。
下手な行動をして目を付けられるのは避けるべきである。
「ダニエル。新入生代表の話を聞いたか?」
「知らねえ。まだ話してねえだろ」
「それじゃねえよ、バカ。今年の新入生代表は訳ありらしいぜ」
「あっ、そう。俺には関係ねえーし」
「そうも言っていられねえだろうなぁ。見てみろよ、あの派手なピンク頭。何十年ぶりの平民の入学者だってよ。嫌いだろ、お前」
フェリクスは楽しそうに話をする。
それに対してダニエルは眉を潜めた。
……ゲームのダニエルは平民嫌いだったんだよなぁ。
乙女ゲームの設定を思い出す。前世の知識があるダニエルは平民に対して嫌悪感を抱いていないものの、乙女ゲームの中では違った。領主に媚びを売る領民を幼い頃から見続けたことにより、嫌悪感を抱くようになったと簡単な設定が書かれていたはずだ。しかし、それには裏設定が存在する。
……平民出身の元使用人に殺されそうになったから。
それはダニエルも体験をしていることだった。
幼い頃からダニエルの世話をしていた元使用人は裏切り者だった。ブライトクロイツ公爵家とベッセル公爵家の不和を狙った犯行だったと聞かされているが、それは真実ではないことをダニエルは知っていた。
……まあ、あれは、俺が慕っていた使用人を妬んだフェリクスの犯行だったんだけど。ゲームの俺はそれを知らずに裏切られたと思い込んでいたんだよなぁ。
平民嫌いの過去を植え付けようとしたのもフェリクスだった。
ダニエルが真相に気付いていることもフェリクスは知っているのだろう。その上で公爵家の不和の原因になりたくなければ、黙っていろと脅迫をされたことを思い出す。
「……あぁ、大嫌いだ」
機嫌の悪そうな声だった。
それからフェリクスが楽しそうに話をしていたが、ダニエルは無視をする。機嫌を損ねると態度が悪くなることを知っているユリウスたちは注意すらもしない。
……ヒロインか。
派手な桃色の髪は目立つ。平民出身者が首席入学だと知れば、今年の一年生は彼女を目の敵にするだろう。貴族の中には貴族ではないものは人間ではないと言わんばかりの態度をとる者もいる。
差別の中、ヒロインは真正面から立ち向かっていく。
そして、最後は幸せになる。それは物語の正しい在り方なのだろう。
……アーデルハイトの方が数百倍も可愛い。
足を組んで、頬杖をつく。
少しだけ背中が丸まっていることもあり、余計に態度が悪く見えるだろう。その姿は公爵家の息子とは思えないものだった。
「ダニエル君、態度が悪いですよ」
「俺はいつも態度が悪いんだよ」
「知っています。しかし、それでは生徒会の評判が下がってしまうでしょう。ダニエル君も晴れて生徒会役員になったのですから、そういう態度は控えるようになさってはいかがですか」
生徒会副会長を務めているいかにも真面目そうなルーカス・マイザーの言葉にダニエルは目を見開いた。普段は半分しか開いていない目が見開かれると迫力があるのだろう。ルーカスは反射的に目を反らしていた。
「おい、俺は生徒会なんかに入らねえぞ」
「残念ながら一度受理されたものは取り消すことはできません。なによりも書類に名前を書かれたのはダニエル君でしょう? 気が変わったからといって変更はできませんよ」
「は? 知らねえよ。取り消せ」
「無理を言わないでください。できないものはできません!」
初耳だった。
ダニエルは生徒会の打診を断り続けている。今日、ここに座っているのもフェリクスに強引に連れてこられたからである。抵抗をすれば魔法薬を盛られ、入学式に参列することができなくなるのが目に見えていた為、拒めなかったのだ。
「だから、そんなもんにサインをして――。おい、フェリクス。お前、なんか書かせただろ。あれか? あれが生徒会の書類だったのか?」
心当たりはあった。
思い出したくもない悪夢の結果、名前を書かされたことがある。
「人聞き悪いこと言うなよ。同意の上だっただろ?」
「あれが同意をしているように見えたか? おい、屑野郎。どうしてくれるんだ、俺は生徒会なんてめんどくさいだけの役職をするつもりはねえのに」
「公爵家の人間が面倒だからって理由で三年間も逃げようとするからだろ。自業自得だな、確認を怠った自分を恨めよ、バカダニエル」
「あー……。この屑野郎が」
確認をする余裕など与えなかったのはフェリクスである。しかし、そのことを指摘すればどのような状況だったのかを口にしなければならない。生真面目なルーカスは顔を真っ赤にして怒るだろうし、フェリクスの暴走を見慣れてしまっているユリウスはため息を零すだけだろう。それが予想できるからダニエルは黙ることにした。
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