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04-1.悪役令息だが、「愛されたい」とは言っていない!
……最悪だった。
入学式は無事に終了した。乙女ゲームのオープニング通りに展開をしていくことを見せつけられただけのダニエルだったが、疲労感が激しかった。入学式の終了後、生徒会室に連れて行かれそうになる前に脱出をしたダニエルはベンチに座る。入学当初から人気の少ないこの場所がお気に入りだった。
……なんでこんな目に合わなきゃならねえんだ。
昔から目立つことは嫌いだった。公爵家の子どもというだけで過剰な期待をかけられることも、兄のように逞しくなくてはいけないと両親からの期待に応えられない自分自身も好きではなかった。
心が落ち着かせられる唯一の逃げ場所である自室に引きこもることもできない。逃げ場所はもっとも最悪な場所に変わった。
「ダニエルお兄様、ここにいらっしゃったのですか?」
「……アーデルハイトか。どうかしたのか?」
「いえ、生徒会室を訪ねてもお兄様がいらっしゃいませんでしたので。探していたのですわよ? お兄様、まだ体調が回復されていないのですから、お一人での行動はお控えになってくださいませ」
「それは悪かったな。たまには一人にならないと落ち着かねえんだよ」
ダニエルが座っていたベンチの隣にアーデルハイトも座る。
本当に兄を探していただけなのだろう。ポケットに入れてきた手紙を取り出し、ダニエルに差し出した。それを受け取ると送り主を確認する。
「名前しか書いてねえぞ、これ」
手紙に書かれている送り主は女性だろう。クラリッサと書かれている名前を睨みつけるようにしているダニエルに対して、アーデルハイトも困ったように肩をすくめた。
……クラリッサ?
その名前に聞き覚えがあった。
新入生代表として堂々とした挨拶をしてみせた桃色頭の少女だ。乙女ゲームのヒロインであるクラリッサからの手紙ならば、名前しか書いていなくてもおかしくはない。平民である彼女には苗字は存在しない。
……接触が早すぎねえか?
乙女ゲームの進行度で言うのならば、まだオープニングを見ただけだ。
この時点でヒロインは誰にも接触をしないはずである。
「中身は確認したか?」
「ええ、確認はしたのですが、ギルベルト語ではない文字のようでして、私には解読ができませんでしたの。それで、お兄様ならご存じかと思いまして。確認してくださりませんか?」
「……あぁ、そうしてみよう」
便箋から手紙を取り出す。
そこには見慣れた字で書かれていた。
……“貴女を不幸から救いにきました”だと?
綺麗な字で書かれている手紙はアーデルハイトへの愛を語るものだった。それはアーデルハイトがいかに美しく、気高く、儚い存在なのかを語る手紙だ。これが男性からの手紙だったのならば、送り主は、アーデルハイトの婚約者であるユリウスによって始末されていたことだろう。
……日本語だな。
ダニエルも前世の知識がなければ読めなかっただろう。
この世界の言葉と前世の言葉はかけ離れている。乙女ゲームの世界だが、別の世界でもあるのだろう。
……転生者か?
そうだとしても、なぜ、クラリッサがアーデルハイトに接触を試みたのか、理解ができない。乙女ゲームを嗜んだ女性の転生者ならば、悪役令嬢には目も向けず、攻略対象に接触をするべきだろう。
「お兄様?」
アーデルハイトは首を傾げている。
それに気づいたダニエルは問題ないと言いたげな表情を浮かべて見せた。
「すまない、アーデルハイト。俺も解読はできない文字のようだ。奇怪な文章なのが気になるところだが、魔法も組み込まれていないようだし、気に留める必要もないだろう」
「まあ、そうでしたの。お兄様でも解読ができない言葉がございますのね」
「あぁ、力になれなくてすまないな」
「いいえ、大丈夫ですわ。お疲れのところでしたのに、心配をかけてしまってごめんなさい」
「大丈夫だ、アーデルハイト。可愛いお前の為ならばなんだってするよ」
申し訳なさそうにしているアーデルハイトの頭を撫ぜる。すると、嬉しそうに目を細めて照れているアーデルハイトにつられて幸せな気分になる。
……アーデルハイト、可愛すぎないか。
妙な手紙を受け取り、心配だったのだろう。
それを真っ先にダニエルに相談するのが愛らしくて仕方がなかった。
「……アーデルハイト、動くなよ」
木の影から視線を感じた。
アーデルハイトを守るように引き寄せ、ダニエルは杖を向ける。
「誰だ、出てこい」
知らない気配だった。
フェリクスたちならば隠れていることはないだろう。アーデルハイトとダニエルに対して堂々とした態度をとることができる人間は限られている。木の後ろに隠れていたのは堂々と声をかけられないからなのだろう。
「吹き飛ばされてえのか」
声を低くする。
目つきの悪いダニエルの表情は悪役そのものだった。
「あ、あの、えっと、ごめんなさい、覗き見をするつもりはなかったんです!」
命の危機を感じたのだろうか。
木の陰に隠れていた人物が姿を現した。そして、そのまま、ダニエルとアーデルハイトの足元にまで素早く移動して地面に張り付くような姿勢をとった。高速移動を目にしたアーデルハイトは涙目になっている。地面を這って動くような姿勢のまま、駆け寄ってきた彼女が不気味な生き物に見えたのだろう。
「……新入生代表か」
彼女の名はクラリッサ。乙女ゲームのヒロインである。
地面を這うような動きをする人物ではなかった。自慢の桃色の髪が乱れていることを気にしないような女子力の低い人物でもなかったはずだ。
……気持ち悪いな。
乙女ゲームのように天然で純粋なヒロインならばかわいく思えたのだろう。悪役令嬢が活躍をする小説に登場をするヒロインならば憎らしく思いながらも、敵対することができただろう。足元に息を荒くして伏せている彼女はそのどちらでもないようにも見えた。
「はぁ、はぁ、推しの御身足……」
「離れろ。今すぐ、離れろ!」
「は! ご、ごめんなさい、あたし、暴走してしまって……!」
ダニエルの大声に正気を取り戻したのだろうか。
クラリッサは大慌てで距離をとる。それから地面に座り込んだ姿勢でダニエルとアーデルハイトを見つめている。
「ベッセル公爵家のご兄妹ですよね? 聖女様のお告げを受けて、貴方たちを不幸の運命から救いに来ました! クラリッサといいます。どうぞ、なんでもご相談をしてください!」
……そういえば、聖女のお告げという設定があったな。
異世界の聖女とされる謎の存在からお告げを受け、クラリッサはヒロインとして覚醒をしていく設定を思い出す。その異世界の聖女というのが乙女ゲームを楽しんでいるプレイヤーである、というよくわからない設定だった。
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