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04-2.悪役令息だが、「愛されたい」とは言っていない!

 ……あれ、必要ねえって言ってたよなぁ。  前世を思い出す。  顔を思い出すこともできない前世の姉が文句を言っていた役に立たない設定の一つだった。  ……姉貴は裏設定だって言っていたような気がする。  前世の記憶を手に入れたとはいえ、それは完璧なものではない。ダニエルは前世の姉が語っていた裏設定や悪役令嬢、アーデルハイトの最期などの偏っている知識しかない。それでもクラリッサの発言は乙女ゲームのシナリオから外れてしまっていることに気付いてしまう。  ……本編では聖女のお告げについての発言はないはず。  ヒロインとしての立場を確立させる為の演出だったのか、それとも意図的に排除された発言だったのか、ダニエルには区別はつかない。  ……だが、アーデルハイトとヒロインは何らかの形で衝突をしていたと言っていた。まさか、それがこれだって言うのか?  曖昧なところも多い知識では核心は得られない。 「不幸の運命だって?」  しかし、警戒を強めておくべきだろう。  クラリッサはダニエルたちが不幸になると知っているかのような発言をしていた。ダニエルはアーデルハイトを守るように立ち上がる。 「それはベッセル公爵家に喧嘩を売ってんのか? 新入生」 「え? 違いますよ! あたしは異世界の聖女様のお告げ通り、不幸の運命にあるお二人を救う為に来たんです! 手紙は読んでいただけましたか? あれは異世界の聖女様に言われた通りに書いたのですよ!」  クラリッサは自信満々だと言わんばかりに胸を張る。  正義の味方のつもりなのか、それとも、ヒロインとしての態度なのだろうか。ダニエルは不快そうに眉を潜め、横目でアーデルハイトの様子を確認する。アーデルハイトはクラリッサの言葉が理解できないと言わんばかりの表情を浮かべていた。 「わたくしたちになにかしらの恨みがございますの?」  声色は低い。  アーデルハイトの声色の変化には気づいたらしく、クラリッサは何度も瞬きをした。 「わたくしはユリウス殿下の婚約者ですわ。わたくしたちの不幸を予言するということは殿下の御身に良からぬことが起きるというのと同じことだと、わかっていらっしゃるのかしら」  アーデルハイトが杖を取り出そうとした時だった。  背後から聞き慣れた話し声が聞こえる。既に冷静ではないアーデルハイトは気づいていないのだろう。 「アーデルハイト? なにをしているんだい?」  ユリウスの声だった。  その声に気付いたアーデルハイトはゆっくりと後ろを振り返った。急に声をかけられたことに驚いたのだろう。杖を隠すこともなく、言い訳をしようとするが上手く言葉にならない。 「こんなところで何を騒いでいるんだよ」 「……フェリクス」 「なんだよ。変な顔をしやがって」 「余計なお世話だ。殿下とルーカスと一緒にお散歩か?」 「どちらかというと飼い犬の捜索を手伝ってもらったんだよ。ったく、見つからねえと思ったらこんなところに居やがって。まあ、座れよ」 「痛ッ!! なにしやがる!」 「座らせてやったんだろ? 感謝しろよ」 「必要ねえ! 俺は問い詰めねえといけないことがあるんだよ!」  背後から両腕を回され、強制的にベンチに座らされたダニエルとは異なり、アーデルハイトはユリウスの元に駆け寄っていく。先ほどまで涙目を浮かべていたと思えない対応の早さだった。 「問い詰める? それで兄妹揃って杖を持ってるのかよ」  フェリクスの声は呆れたようなものだった。  喧嘩腰のダニエルを宥めるように両腕をダニエルの肩に乗せる。それから、フェリクスは視線をクラリッサが立っていたところに向けた。既にクラリッサの姿はない。 「それで、誰がいるって?」 「は? 変な女がそこに――」  ダニエルは呆れたような表情で状況を話そうとしたが、踏みとどまった。  それから先ほどまでクラリッサがいた場所を見る。ユリウスたちの登場に驚いたのか。クラリッサの姿はどこにも見当たらなかった。 「いねえよな?」 「……いねえな」 「お前が逃げられるなんて珍しいこともあるなぁ。同級生を相手に手を抜いたか? それとも妹ちゃんの目の前だから戸惑ったか?」 「はあ? ありえねえことを言うんじゃねえよ。これから問い詰めるところだったんだよ! それに同級生じゃねえし!」  ダニエルの言葉に対して、フェリクスは驚いたように目を見開いた。  それから強引にダニエルの頬を掴み、フェリクスと目を合わせる。  単純なところのあるダニエルは嘘をついている時には目を反らす癖があるのを知っているからだろう。フェリクスに見つめられても、ダニエルは睨みつけるだけでそらそうとしない。その何気ない仕草でダニエルが本当のことを言っていると判断をしたのだろうか、フェリクスはダニエルの頬から手を離した。 「瞬間移動ができる方法を知ってるか?」 「魔方陣による転移移動か、聖女特有の回避魔法くらいだろ。他の方法を使うなら敵を吹き飛ばしてから逃げた方が早いだろうな」 「……ダニエルが見逃すとも思えねえし」 「なんだよ。変な顔をしてんじゃねえよ、不愉快だ」 「悪かったなぁ。で、誰だった?」  フェリクスはダニエルが対峙していた人物のことが気になるのだろうか。  複雑そうな表情を浮かべているフェリクスに対し、ダニエルは舌打ちをする。  ……そういえば、フェリクスも攻略対象だったか。  ダニエルにとってフェリクスは幼馴染だ。綺麗な関係とはお世辞でも言えない間柄ではあるものの、婚約は結んでいない為、友人と呼ぶべきだろう。しかし、友人と呼ぶのには親しくなりすぎている。一般的な友人関係とは身体の関係はないだろう。なによりも、不本意だが、フェリクスがダニエルに対して好意を寄せている自覚もあった。  ……あの女のことを好きになるのか?  想像をするだけでも吐き気がする。  出会った頃から向けられている執着から解放される自分自身のことを上手く描けない。彼がいない生活など考えられなかった。  ……だから、知りてえのか。  乙女ゲームのヒロインであるクラリッサに関心を抱いているのだろうか。  そう考えるとダニエルの表情は暗いものになっていく。  ……気に入らねえ。  それは嫉妬だろうか。  ダニエルは自覚をしつつある感情から目を背けるように口を開いた。 「知らねえ。不愉快なことを言いやがったから痛めつけてやろうとしただけだ」 「ダニエルらしいなぁ。それでも妹ちゃんの前だから踏み止まったんだろ?」 「ちげえ。お前たちが邪魔をしたんだ」  顔を反らす。  それから足を組んだ。不機嫌だと露骨なまでに訴える仕草をするダニエルに対し、フェリクスは笑っていた。

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