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04-3.悪役令息だが、「愛されたい」とは言っていない!

 ……その顔をあの女にも見せるのかよ。  考えるだけで不愉快になる。  なぜ、クラリッサはフェリクスたちを前にして逃走したのだろうか。  クラリッサがなにを考えているのか、わからない。彼女が頬を赤くして宣言していった言葉が本音なのか、それとも、なんらかの思惑があるのか。 「下手くそな逢引きだなぁ」 「は? 逢引きをするなら相手を選んでするからな」 「はは、堂々と浮気発言はひどくね?」 「それは相手のいる人間に言えよ」 「あー……。ダニエル、鈍いよなぁ」 「鈍くねえ! いつまでくっついていやがる!」  抱きしめられる姿勢が不満なのか、ダニエルは抗議の声を上げる。フェリクスはそんなことは知らないと言わんばかりにダニエルの頭の上に顎を置き、ため息を零していた。 「癇癪起こすなよぉ。まったく、どうしてお前はそんなに鈍いんだろうなぁ。そんな顔をしても可愛いだけだってのに。なんだよ、お前、俺がとられるとでも思ってんのか? バカだなぁ、あぁー、可愛い」 「癇癪を起してねえ! それに可愛くなんかねえからな!!」 「あー、はいはい。可愛いなぁ」 「可愛くねえ!!」  フェリクスの頬は緩んでいる。  ダニエルがなにを考えているのかわかっているかのようなことを口にするフェリクスに対し、ダニエルは癇癪を起したかのように抗議の声を上げ続けていた。 「お兄様とフェリクス公子は仲がよろしくないとお聞きしましたが、そのようなことはございませんのね?」 「うーん、どうだろうね」 「殿下?」 「僕の目にはダニエルが怒っているように見えるんだよね」 「私もそのように思いますわ。殿下の目には間違いはございませんもの」 「そう? 今だけはアーデルハイトの言葉に安心できる気がするよ。君はダニエルのようにはならないでね?」 「はい。殿下が望まれるのならば、そのように努めますわ」  ユリウスの腕に抱き着いているアーデルハイトは嬉しそうに笑っていた。遠慮なく抱きついているからだろうか、ユリウスは気まずそうに顔を反らしていた。耳が赤くなっているのを隠したいのだろう。  ……アーデルハイトが照れている!  それは兄として複雑な気持ちだった。 「ダニエル。お前、なにを持ってるんだ?」 「あ。……返せ。それはアーデルハイトのものだ」 「妹ちゃんの? ふうん。さっきまでいた人物からのだろ? ベッセル公爵家に目をつけるとは思わなかったな。解読は?」 「まだ解読はしてねえよ。おい! 勝手に読んでるんじゃねえ!」 「見たことねえな。古代文字を独自に改良したか、暗号か。どちらにしても、手紙の呼び出しじゃねえんだろ? 呼び出しをするつもりなら読める文字を選ぶだろうしなぁ」 「知ったことじゃねえな。内容なんてどうでもいい」  フェリクスから手紙を奪い返す。  処分をしようとしていた手紙とはいえ、他人に見られても良いものではない。  ……解読は出来ているんだけどな。  ダニエルには見知った文字のようにも見えた。しかし、アーデルハイトへの愛が綴られた文章を音読させられることを避ける為に嘘をついていた。 「アーデルハイト、これは処分しておくぞ」 「お兄様のお好きにしてくださいませ。私は興味がございませんので」 「いらねえなら燃やすか?」 「解読を試してから処分するから引っ張るな」 「ふうん?」 「なんだよ」 「別になんでもねえけどさぁ」  ……いい加減、重い。  不貞腐れたように頬を膨らませるフェリクスの様子に気付いていないダニエルは眉を潜めた。癖になっているのだろう。  ……なんで拗ねているんだ?  手紙を受け取ったのはアーデルハイトである。  妙なものを受け取らないようにとユリウスに言い聞かされているアーデルハイトは神妙な顔をしている。 「……気に入らねえなぁ」  フェリクスはダニエルから手を離した。  その隙にダニエルは立ち上がる。フェリクスたちに休息していた場所が知られてしまえば、この場所に居続ける意味はなかった。なにより、嫌な予感がした。フェリクスが気に入らないと口にするのは珍しいことではない。特にダニエルに関わった相手に対して不快感を露にする時は、ろくな目に遭わないことは身をもって知っている。 「どこ行くんだよ?」 「部屋に戻る」 「生徒会の仕事が終わってねえぞ」 「……俺のすることなんかねえだろ」 「そう言うなよ。せっかく、会計に推してやったのに」  寮に戻ろうとしていた足を止める。  ダニエルは生徒会に関わるつもりはなかった。面倒事を押し付けられることは好きではなく、気ままな学生生活を脅かされるのは厄介だと考えていた。 「会計?」  しかし、役職が決まっているのならば別の話だ。  ダニエルは金銭感覚が優れている。ベッセル公爵領にいた頃から、多忙な両親の代わりにダニエルを連れ回すことが多かった兄の影響もあり、予算などの計算は得意である。なによりも魔法学院の予算を預かる立場になれば、それなりに自分自身の我儘も通しやすくなるだろう。 「殿下、会計を務めるなら、予算の見直しもしましょう。馬術部の予算を少々見直してもらえるのならば、完璧なものを作り出してみせます」 「言うと思ったよ。許可のできる範囲なら好きにしてもいいよ。ただ、極端な方法はダメだからね? 僕たちに許可を取らないのは認められないよ」 「もちろんですとも。フェリクス! 生徒会室まで連れていけ!」 「はは、部屋に戻るんじゃねえの?」 「先にすることがあるだろ!」 「へいへい。落ち着けよ、興奮してると転ぶぞ」 「転ばねえ! 行くぞ! ほら! 早くしろよ!」  上機嫌になったダニエルはフェリクスの腕を掴む。  それから速足で歩いていく。ダニエルは無類の馬好きである。馬に限らず、動物ならば無条件で可愛いと思える。 「ダニエル」 「なんだよ?」 「生徒会に入って良かっただろ?」 「……まあ。少しはな。俺はやりたい仕事しかしねえからな」 「だろうなぁ。誘ってやったお礼を楽しみにしてるぜ」  フェリクスの言葉に対して、ダニエルは面倒そうな目を向ける。  しかし、上機嫌になっているフェリクスに文句を言うのも気が引けた。言い争いになることは多いが、フェリクスの嬉しそうな顔を見るのは好きだった。

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