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*第二話*01-1.乙女ゲームのヒロインと遭遇する
……あの屑野郎。調子に乗りやがって!
既定の制服に着替えるダニエルは腰を摩る。昨日は盛り上がった。珍しくダニエルが素直に本音を口にしたことがフェリクスを調子に乗らせたのだろう。様々な体位を取らされ、何度も中に出された。そのことを思い出させるかのようにダニエルの首筋には大きな噛み痕が残っている。体中には赤い痕が付けられている。いつものように着崩してしまえば見える位置にもつけられている。
……治癒魔法が使えれば消してしまえるのに。
フェリクスには劣るものの、それなりに体力はある。体もそれなりに鍛えている。それでも腰を庇って動かないといけないほどの怠さが残っている。
「おい、起きろ。置いていくぞ」
フェリクスはまだ寝ていた。
服を投げ捨てたのか、上半身裸のままのフェリクスの身体にも赤い痕が残っている。ダニエルの意識は快楽でぼんやりとしていた時につけたのだろうか。それを付けた覚えがなかったダニエルは眉を潜める。
……覚えてねえ。
この世界では同性愛に対する偏見はない。
それどころか、見た目も家柄も優れている二人が実は付き合っているのではないかと推測をして、そのやり取りを見守っている生徒までいる。ダニエルは自称親衛隊を名乗る彼女たちに囲まれるのも好きではなかった。
「フェリクス、起きろ」
まだ夢の中にいるフェリクスの髪を触る。
まともに手入れをされていない髪は硬い。それを知っているのもダニエルだけなのだと思うと気分がいい。いつもはワックスをつけられている髪は重力に逆らうこともなく、ダニエルの指の間を落ちていく。
「……好きだよ、フェリクス」
ダニエルの言葉にフェリクスの耳が赤くなる。
「おい。寝たふりをしてんじゃねえぞ。起きろ」
フェリクスの頭を叩いた。
すると、フェリクスは目を開ける。少し前から起きてはいたのだろう。
「おはよ、起きると可愛いことをしてくれねえだろ?」
「おう、おはよ。さっさと準備をしろよ」
「んー。着替えさせてくれてもいいんだぜ?」
「甘えんな」
「へいへい。ヤっている時は甘えて可愛いのに。素直じゃねえなあ」
「俺は甘えてねえ。甘えてくるのはお前だろ」
フェリクスの鼻を強く掴む。
抵抗をするフェリクスの表情に満足をしたのか、ダニエルは笑ってから手を離した。渋々、フェリクスはベッドから降りる。体中に残っている痕を気にしていないのだろうか、伸びをするフェリクスから目を反らした。
「ダニエル」
「なんだよ」
「身体は大丈夫か?」
「フェリクスのせいで絶不調だ。屑野郎。加減を覚えろ」
「はは、だよなぁ。俺も腰が痛てえ」
「あれだけ振れば筋肉痛にもなるだろ」
ネクタイを身に着ける。
普段は緩めにしているが、今日はそういうわけにはいかない。規定通りの位置で締めると姿勢を正していれば噛み痕は見えずに済むだろう。少しでも襟元が緩んでしまえば勘のいい生徒には気づかれてしまいそうだった。
「チッ、息苦しい」
舌打ちをする。
身体中に残る赤い痕のことを触れる者は、ほとんどいないだろう。公爵令息であるダニエルとフェリクスの関係に対して口を挟む者は限られている。しかし、堂々と見せて歩けないのには理由があった。アーデルハイトはダニエルたちの関係に気付いていない。それどころか、なぜ、身体中に赤い痕がつくのかも知らない。第一王子の婚約者として不要な知識は与えられずに育てられた。それは婚約者であるユリウスの意思を尊重したものである。
「緩めねえの?」
「見えんだよ、屑野郎」
「見せとけばいいだろ。みんな、知ってるぜ? 婚約してねえのが不思議だって言われてるくらいだしなぁ。虫除けにもなるし、隠さねえで堂々と見せろよ」
「関係ねえな。見せたいならお前が見せてろ」
「はは、釣れねえなぁ。そんなに隠してえのかよ?」
早々と着替え終わったフェリクスはダニエルを覆い隠すように抱きしめる。
ダニエルのネクタイを緩めようとしてくるフェリクスの手を抑え、ダニエルは舌打ちをした。
「時期が来れば、お前との関係を公言してもいいと思っている。今はその時期じゃねえ。だから、アーデルハイトに気付かれると厄介なんだよ」
強制的に同室になった日から考えてはいたことだった。
いずれ、乙女ゲーム通りの展開になったとしても後悔はしたくない。なによりもフェリクスを傷つける存在にはなりたくなかった。
……どうせ終わる関係なら開き直ってやる。
乙女ゲームの展開通りになるのが恐ろしい。
ダニエルはフェリクスの足手まといになりたくはない。足枷になりたくない。
……破滅が待ってるなら、それまでの間だけでも俺はフェリクスを信じたい。
昨日の光景が頭を過る。
何度もダニエルへの愛を囁いたフェリクスの言葉は本物だろう。
フェリクスのことを知っているからこそ、乙女ゲーム通りの展開にはならないのではないかという期待を抱いてしまう。前世の知識よりも今を生きる彼を信じたいと思えるようになったのは、ずっと、心の中に抱えていた本音を打ち明けたからだろうか。
「昨日からどうしたんだよ? 急に素直になっちゃって」
「別に。そういう気分なだけだ」
「嘘だろ。昨日の昼間、なにがあった?」
「俺とアーデルハイトが杖を向けて脅迫をしようしていたのを見ていただろ」
「お前らは理由もなく脅すような奴じゃねえよ」
「どうだかな。気に入らないだけかもしねえぜ? それより、時間がねえ。話は歩きながらでもいいだろ?」
ダニエルが時間を指摘すれば、フェリクスも頷いた。
それから抱きしめていた腕を緩め、一緒に寝室から出ていく。
「新入生代表をしていた平民だろ?」
「あぁ、なんだ。気づいていたのか」
「あの場で逃げ切るなんて聖女特有の回避魔法しかねえからな。それ以外の理由でダニエルが見逃すとも思えねえし」
「そうか。……その通りだ。俺たちは平民と対峙した。貴族特権を振りかざしたと取ってくれても構わねえぞ」
「バカ言うんじゃねえよ。貴族特権を使ってなにが悪い。使えるものは使えばいいだろ」
……ゲームの中でも同じようなやり取りをしていたな。
クラリッサと遭遇をした影響だろうか。
曖昧だったはずの知識が色濃くなっていく。まるでこの世界が乙女ゲームの展開に従うのが正しいのだと訴えられているような気分に陥る。それを振り払うかのようにダニエルはフェリクスの腕を掴んだ。
……どちらにしても、俺は此奴のことが好きになっていたんだろう。
だからこそ、悪役令嬢のアーデルハイトと共に闇に落ちたのだろう。
愛した人を取り戻したかったのだろう。最愛の妹の笑顔を取り戻したかったのだろう。それならば、今のダニエルでも同じ行動を起こしてしまうだろう。
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