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01-2.乙女ゲームのヒロインと遭遇する

「その言葉、忘れるんじゃねえぞ」 「おう。変な顔してるんじゃねえよ。相手は平民だろ? 公爵家相手に喧嘩を売ってくるような世間知らずだ。関わんなきゃいいだろ」 「俺だって関わりたくねえよ」  机の上に準備をされている鞄を持つ。  部屋の清掃の準備をしていた使用人たちの付き添いを断り、ダニエルたちは部屋を出ていく。寮の廊下には数人がいたが、誰もダニエルたちの会話を盗み聞きしようとする者はいなかった。 「フェリクス。忠告だ。面白がって関わろうとするな」  ダニエルの目は本気だった。  話の流れを考えれば、冗談を口にする状況ではないことはわかっているだろう。フェリクスはダニエルの言葉に耳を傾ける。 「愛してる奴に殺されたくねえだろ?」 「へえ。それはプロポーズか?」 「どうしたらそうなるんだよ。都合良い耳をしていやがるな」 「そりゃそうだろ。俺のことを殺したくなるほど愛してるんだろ?」 「バカじゃねえの! 殺したくねえから余計なことをするなって言ってんだよ」 「はは、ほとんど同じ意味だろ。それで調子がおかしかったのか。まったく可愛い奴だなぁ」  フェリクスの手がダニエルの頭を撫ぜる。  朝から整えていた髪形を乱されたダニエルは不機嫌そうな表情を浮かべるが、フェリクスはいつも通り気にしていない。 「触るんじゃねえ!」  ダニエルは大声をあげて威嚇をするが効果はない。 「その前にぶっ飛ばしてやろうか! この屑野郎っ!」 「はは、照れてんの?」 「照れてねえ!!」 「威嚇するなよ、もっと撫ぜてやるからよ!」 「撫ぜんじゃねえ!!」 「ははは! 寝癖みてえ!」 「ふざけんな! 元に戻せよ! この野郎!」  大笑いをするフェリクスに対し、ダニエルは手を出した。  フェリクスの両腕を力いっぱい握りしめる。 「ぶっ飛ばしてやる……!」  魔力を出現させるがフェリクスは余裕そうだった。  魔法に変換されていない魔力は威力が弱い。しかし、至近距離で喰らえば負傷は免れないだろう。それなのにもかかわらず、ダニエルがフェリクスを攻撃するはずがないと思っているのだろうか。 「やれるもんならやってみろ」 「はっ、両腕を使い物にならねえようにしてやるっ」 「そしたら俺の面倒を見るのはダニエルだけどな?」 「知らねえよ。自分のことは自分でやれ」 「冗談だろ? 着替えも食事も勉強も、全部、ダニエルがやれよ。あぁ、もちろん、夜は騎乗位でヤってくれるんだろ? 楽しみだなぁ。ほら、やってみろ。逃げずに受け止めてやるから」  想像をしたのだろうか。  ダニエルは変な表情をしてから両手を離した。照れているのか、青ざめているのかよくわからない表情である。 「やらねえの?」 「萎えた」 「ふうん。俺ならここぞとばかりに痛めつけるけどな?」 「……冗談に聞こえねえ」 「そりゃそうだ、本気だからな。なにもかも俺が面倒見てやるからよ。夜にならなくても気絶するまで楽しませてやるし。最高だと思わねえか?」 「屑野郎。気絶したら止めたことがあったか?」 「んー? 昔はあっただろ?」  フェリクスの言葉に対し、ダニエルはため息を零す。  それから足早に食堂に向かう。  ……監禁の練習とか言ってやりそうで怖い。  基本的には正義漢のある男だが、ダニエルが関わるとその正義感はすぐに逃げ出してしまう。ダニエルが泣いて嫌がっても腰を振り続けることは多く、それすらも快感の一つとしてダニエルに教え込んだのはフェリクスである。  ……ゲームだともう少しまともに見えたんだが。  共通点は家柄と見た目だけに成りつつある。 「お兄様! おはようございます!」  ダニエルの思考を遮ったのはアーデルハイトの声だった。  食堂の出入り口で待っていたアーデルハイトの隣にはユリウスがいる。恐らく、ダニエルと一緒に食事をとろうとしていたアーデルハイトに捕まったのだろう。 「おはよう、アーデルハイト」 「本日は髪型が乱れておりますのね。体調が優れませんでしたの?」 「いや、これはフェリクスに乱されただけで」 「まあ! フェリクス公子、お兄様とお遊びになられるのも時間をお選びになってくださいませ。朝からこのような髪型ではベッセル公爵家の誇りに傷がつきますわ!」 「へいへい、相変わらずだな、妹ちゃん」 「気の抜けるお返事は貴族として相応しくありませんわ。ユリウス殿下の御前ですのよ!」  朝から元気なアーデルハイトの声を聞き、思わず笑顔になるダニエルとは対照的な表情を浮かべるフェリクスは視線をユリウスに向けていた。露骨なまでに非難をするような眼をしていた。 「わざわざ俺たちを待っていなくても良かったのに。アーデルハイト、同級生との付き合いも必要だろう?」 「わたくしはお兄様と朝食を一緒にすると決めておりますの」 「……まさか、一人で待ってたのか?」 「いいえ。メイドのカティーナと一緒に居ましたのよ」 「そうか。カティーナはどこにいる?」 「場所を探させておりますわ。食堂の場所をとるのは大変だとレオお兄様がおっしゃっていましたもの」  アーデルハイトはベッセル公爵家の嫡男、レオンハルト・ベッセルの手紙を真に受けたのだろう。二十五歳になるレオンハルトはダニエルよりも弟妹を溺愛している。レオンハルトが旅先から送ってくる手紙の中には可愛い妹をからかう内容も含まれていたのだろう。 「そうか。兄上はなんて言っていた?」 「学院のことを教えるのは食堂の話だけだと書かれておりましたの。後のことは自分で体験をしてみるのが一番だということですわよね?」 「あー。兄上らしいな。……殿下、アーデルハイトの子守を任せてしまい、申し訳ありません。どうやらレオンハルト兄上の冗談を真に受けてしまったようでして」 「謝る必要はないよ。僕も彼の仕業だろうとは思っていたからね」  ベッセル公爵家の嫡男は悪戯を好む。  嫡男でありながらも公爵位を継ぐ前に各国を見て回りたいと我儘を押し切るような男性である。 「ダニエル、腹減った」 「おい。殿下の前だぞ。その態度は失礼だろ」 「従兄だから許されるだろ」  フェリクスは甘えるような声を出す。  それに対して、ダニエルは眉を潜めた。空腹が原因ではないことに気付いているのだろう。フェリクスがわざとらしい態度を示すのは、ダニエルの関心が他人に向けられた時にする癖のようなものだった。

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