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01-4.乙女ゲームのヒロインと遭遇する
「フェリクス公子にはお兄様の心配をしていただいて感謝をしておりますわ。ですが、わたくしがお兄様と一緒に過ごすことができる時は、ご自由にお過ごしくださいませ。公子もお兄様だけと過ごすわけにはいきませんでしょう?」
アーデルハイトはダニエルの腕を掴む。
それからフェリクスに対して威圧をするかのように笑みを浮かべた。
「どうか朝食だけでも、ご自分の時間を過ごされてくださいませ。わたくしがお兄様と過ごしますので、なにも心配はございませんわ」
二人が同室になったのはダニエルの体調不良を考慮してのことだった。
アーデルハイトの不安に便乗する形とはいえ、フェリクスは友人の為に一人の時間を犠牲にしたとも言えなくはない。フェリクスとしては重すぎるくらいの想いを寄せている相手と過ごす時間が増えるだけなので、なにも問題はないのだが、なにも事情を知らないアーデルハイトにはそうは見えないのだろう。
だからこそ、フェリクスが喜びそうな言葉を選んだつもりになっている。
……最悪だ。
乙女ゲームの破滅を回避する等と考えている余裕があったのならば、ダニエルは先に目の前の現実と対峙しなくてはならなかった。険悪な状況を打開しようと、フェリクスの腕を静かに離したのだが、素早くその腕をフェリクスに掴まれた。両腕をフェリクスとアーデルハイトに掴まれる状態となってしまったダニエルには逃げ場はない。
……殿下の判断が下る前に対処をする必要がある。
アーデルハイトの少し後ろではユリウスが何とも言えない表情を浮かべていた。まだ助け舟を出すつもりはないのだろう。ユリウスは何事に対しても慎重な姿勢を崩さない。楽観視しているかのように見せているのは敵を欺く為の演技だということをダニエルも知っていた。
「なにも知らねえ妹ちゃんと過ごしても意味ねえだろ」
フェリクスは引くつもりはないのだろう。
好青年のような笑みを浮かべるものの、腹の中では何を考えているのかわかったものではない。
「ダニエルが倒れた時にはどうする? 落馬の時の後遺症がないとは言い切れねえんだろ? 実際、その後に気絶をしたこともある。か弱い女性の妹ちゃんだと支え切れねえで共倒れをするだけじゃねえの?」
「お兄様がそのような状況に陥っても、わたくしがなんとでもいたしますわ。私の傍には常にメイドが控えておりますもの。なにも問題はありませんわよ」
「はは、なんにも知らねえんだなぁ。妹ちゃん、ダニエルのことを助けるつもりなんかねえんだろ? それとも、追い詰めてでも一緒に居たいわけ? くだらねえ兄妹愛で苦しめるつもりか?」
「なにをおっしゃっておりますの? 理解ができませんわ」
「理解ができねえなら引っ込んでろよ。妹ちゃんの役目なんかねえから」
「引き下がるのはフェリクス公子ですわ。このような話の理解ができないような方だと知っていれば、お兄様の同室をお願いいたしませんでした。今すぐにでも、元に戻していただきますわ」
落馬の後に痙攣のような症状が出たのはフェリクスが魔法薬を盛った時である。気絶というのは、性行為の際、絶頂のし過ぎで一時的に気を失った時のことを言っている。それらは休暇中に起きた落馬が原因ではなく、フェリクスの行動が原因である。
……お前が原因だろ。屑野郎。
ダニエルが真相を明らかにすることができないのを知っているからこそ、勘違いをさせるような言い方をしているのだろう。
「やれるもんならやってみろよ」
寮の部屋を変えることは不可能である。
本来、特別な事情がない限りは入学から卒業まで同じ部屋である。しかし、ダニエルの体調不良を過度に心配したベッセル公爵家の都合により、例外的な処置がとられたのだ。それを公爵令嬢の一存で変えられるはずがない。
「少しは考えてから言えよ」
アーデルハイトはフェリクスを睨みつける。
しかし、フェリクスは気にした素振りも見せなかった。
「お飾りでも第一王子の婚約者だろ?」
挑発をしているのが目に見えていた。
その言葉が気に障ったのだろうか。アーデルハイトはダニエルの腕を離す。それから素早く杖を抜こうとし、ユリウスに止められた。
「それはダメだよ、アーデルハイト」
「殿下。これはわたくしの問題ですわ」
「そうだね、でも、簡単に杖を向けてはいけないんだ」
「ええ、理解をしておりますわ。ですが、納得はいたしません。公子はわたくしの誇りを傷つけたのも同然なのですから、報復を受けるべきなのです」
アーデルハイトがユリウスに歯向かうことは少ない。
幼い頃から想いを寄せている相手であるユリウスに対して、アーデルハイトは従順な性格を装ってきた。彼に好かれることだけを優先し、自分自身の激しい気性を隠してきた。それが揺らいでしまっているのはなぜだろうか。
「君たちはどうして感情的な物言いをするのかな」
ユリウスは呆れたような声をしていた。
彼の態度に敏感に反応を示したアーデルハイトの表情が曇る。
「ダニエル。どうして、君は別の席を探していたんだい?」
「可愛い妹を大切に思うからこその行動です。婚約者である殿下と朝食を共にするのはアーデルハイトにとっても良い経験となるでしょう。俺たちはアーデルハイトを思い、身を引いただけの話です」
「そう。もっともな理由に聞こえるね。フェリクスと一緒に行動をしたのは?」
「親しくしている友人と朝食を共にするのはおかしい話ではないでしょう。なにより、俺自身、不調を抱えていますので、そのことをよく知っている相手と一緒に居ることを選ぶのは問題ないことだと思いますが」
ダニエルの言葉に対し、ユリウスは頷いた。
もっともらしい言葉を並べるダニエルの言い分を信用したのだろうか。納得できないと言いたげな表情を浮かべるアーデルハイトに対し、ダニエルは少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべて見せた。
「それなら、当事者である僕たちが同席を認めるのなら問題はないわけだね?」
……問題しかねえんだけど。
反射的に言いかけた言葉を飲み込む。
ダニエルの腕を離そうとしないフェリクスを見上げ、意思を確認した。
「……今日だけなら」
妥協したのだろう。
これ以上、時間を無駄にしたくなかったのかもしれない。
「うん、構わないよ。アーデルハイト、それでいいね?」
「殿下がお決めになられたことならば、わたくしは大人しく従いますわ」
「君は相変わらずだね。ダニエルは?」
「殿下のお言葉には従いますよ」
「そう。それじゃあ、行こうか」
「ご一緒いたしますわ、殿下!」
ユリウスの言葉に満足をしたのか。アーデルハイトはご機嫌だった。
踵を返して二階席へと向かう二人の背中を見てダニエルはため息を零す。
「運が悪かったな」
「……まったくだ。殿下も人が良すぎる」
「彼奴は妹ちゃんの前で良い顔をしたいだけだろ」
「ふうん。そういうものか?」
「多分。婚約者には頼りがいのあるように思われてえんだろ」
ギルベルト王国の第一王子であるユリウスに対して、散々な言い方をするフェリクスだが、ダニエルは無言で頷いた。婚約者の機嫌を保つ為に他人を犠牲するやり方は褒められたものではない。
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