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03-1.悪役令息は愛されている

* * * 「――ル、ダニエル!!」  耳元で名前を呼ばれた。  身体を揺さぶられたことに驚いたのか、ダニエルの目は見開かれた。ダニエルのことを心配そうな顔をしているのはフェリクスだった。 「大丈夫か!?」 「……あぁ、なにかあったか?」 「魘されてたんだよ。それにずっと泣いていた」  フェリクスの言葉に対し、ダニエルは頬が濡れているのを感じる。それを指で触れると、確かに涙が流れていたような跡が残っている。  ……あれは夢だったのか?  生々しい夢だった。  偶然、夢を見たとは考えにくい。前世に関わる内容の夢は何度も見たことはあったが、今回のような夢は初めてだった。  ……わからない。 「夢を見ていただけだ」 「夢?」 「あぁ、でも、うろ覚えなんだ。肝心なところは覚えていない」 「なんだよ、それ。泣くほどの夢だったんだろ?」  フェリクスの問いかけに頷く。  忘れてしまったと口にしたものの、まだ、先ほどの夢の内容を覚えている。それも数時間もしないうちに曖昧なものになっていくのだろうか。 「どのくらい寝ていた?」 「二十分くらいだな」 「そうか」  フェリクスは戸惑ったような表情を浮かべていた。  それに気づいたダニエルだったが、少しの間、口を閉ざした。  ……見られていると考えるのが無難かもしれない。  ダニエルの知っている乙女ゲームの世界とは変わってきているが、前世の姉の手の中にあったゲームでのやり取りを思い出してしまう。彼女がどこまで把握をしているのか、確認をすることはできなかったが、ダニエルたちの関係性には気づいているのだろう。  だからこそ、クラリッサを通して妨害をしてくる可能性が高い。  ダニエルは上半身を起こす。それからフェリクスを見た。  ……それなら見せつけてやればいい。  邪魔はさせない。  ダニエルが抱いている感情はダニエルだけのものである。 「……最悪な夢だった」 「ん?」 「全部、あの女が悪い。最悪だ」 「そうか。魘されるくらいだもんなぁ。ただの夢だろ、忘れちまえよ」  フェリクスも寝ころんでいた身体を起こし、ダニエルの額に口付けをする。何気ない仕草だということをダニエルは知っている。当たり前のように与えられるそれを享受することすらも、画面越しで見ている彼女は悲鳴を上げることだろう。 「悪夢を見せられたんだろ」 「あぁ、最悪な悪夢だった。嫌がらせにも限度というものがある」 「そうか。お前が泣くほどのことだもんなぁ。大丈夫だ、俺が傍にいてやる。また魘されてたら起こしてやるよ。だから夢なんて気にすることはねえよ」 「泣いてねえよ」 「泣いてるだろ。いい加減に涙を止めろよ」 「うるせえな。俺だって好きでこうなってるわけじゃねえ!」 「怒りながら泣くなよ。はは、器用な奴だな」  ダニエルの目から涙が零れ落ちる。  それは悪夢と称するしかない夢の中の出来事に対する同情か、それとも、前世の自分自身に対する感情によるものだろうか。 「あぁ、最悪だ。気分が悪い」  ダニエルは力任せに目を擦ろうとすると、フェリクスに止められた。 「おい、赤くなってるだろ。冷やさねえと」 「うるさい」 「へいへい、文句を言うなよ。今、冷たいものを持ってこさせる」 「いらねえ」 「そういうわけにはいかねえだろ」 「いらねえ! いいから、傍にいろよ!」  ダニエルの顔が赤くなる。  素直になるのは得意ではない。フェリクスの前だと感情的になりやすい性格だというのもあるのだろうが、ダニエルの珍しく素直な言葉に反応し、見つめてくるフェリクスの視線がくすぐったいのもあるのだろう。すぐに目を反らした。 「な、なんだよ」  何も言わずにいるフェリクスが不気味で仕方がない。  恐る恐る、視線を戻すとフェリクスの口元は緩んでいた。 「なんとか言えよ! だらしない顔をしやがって!」 「いや、可愛いなぁって」 「はあ? 目が腐ってんじゃねえの!」 「怒るなよ、本当のことだろ? はぁー、本当は早く冷やした方が良いんだろうけどなぁ。さすがにこの状態で他人を呼びにはいけねえなぁ」  ダニエルを抱きしめる。  ダニエルの頬に頬ずりをするフェリクスに対し、ダニエルは嫌そうな表情を浮かべた。 「見られながらする趣味はねえぞ」 「知ってる。俺もねえし」  フェリクスはダニエルを押し倒す。  そして、慣れた手つきでダニエルの服に手をかけていく。 「抵抗しねえの?」 「抵抗されるのが趣味か?」 「いや、そういうわけじゃねえよ。変態扱いするなよ」 「変態だろ」 「へいへい、そうだとしてもダニエル限定だから」 「おい、開き直るなよ」  服が脱がされる。  普段は嫌がるダニエルの姿を想像していたのだろうか。フェリクスは黙っていれば好青年に見える顔をしているとは思えない表情を浮かべていた。 「はは、余裕がねえ顔をしてる」  ダニエルは余裕のないフェリクスの顔が好きだった。  自由になっている両腕をフェリクスの首元に回す。それから、少しだけ上半身を浮かせ、触れるだけのキスをする。 「愛してるぜ、フェリクス」 「……不意打ちはずるいだろ」 「はは、知ってる。お前、そういうのは弱いもんな?」 「あー、もう、可愛すぎるなぁ」 「可愛くはねえよ? 俺のことをそう見るのはフェリクスだけだろ」 「俺だけでいいんだよ。他の連中には見せたくねえし、見たら殺す」 「物騒だな、お前。で、返事は?」  催促をするかのようにフェリクスの頬にキスをする。  それに対してフェリクスは顔を赤くする。普段とは立場が逆になっているからだろうか。フェリクスは我慢ができないというかのように唇を重ねる。それに応えるようにダニエルの目は閉じられた。

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