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04-1.悪役とヒロインは分かち合えない
* * *
「――ダニエルー? 遅刻するぞ?」
翌朝、ダニエルはベッドから出ようとしなかった。
土曜日の今日は全学年共通の授業を行われない曜日だ。しかし、フェリクスは私服に着替えていた。渋々、布団から顔だけを出したダニエルの目は半分しか開けられていない。
……動きたくねえ。
昨夜の行為の影響だろう。
重石でもつけられたかのように身体が重い。動けないことはないだろうが、授業もないのに朝から動きたくはないのだろう。
「どうした? 動けねえか?」
「……動きたくねえんだよ」
「あー、まだ余韻に浸りたい気持ちはわかるが」
「バカじゃねえの。お前のせいで怠いんだよ」
「俺のせいか。いや、でも、中に出して良いって言っただろ?」
「次の日の予定がねえと思ってたからいいと思ったんだよ」
ダニエルの言葉にフェリクスは納得したような顔をする。
それからダニエルが閉じこもっている布団に手をかけ、躊躇なく剥がした。
「生徒会の打ち合わせだけだ」
「……一人で行け」
「会計がいねえと話にならねえだろ」
「予算は決まってるだろ」
「六月の星影祭に使う特別予算の打ち合わせだ。ルーカスが言ってただろ? 聞いてなかったのか?」
相変わらず動こうとしないダニエルの腕を掴む。
一年生の頃から生徒会役員としての仕事をしていたフェリクスにとっては休日に行われる打ち合わせは慣れたものなのだろう。しかし、ダニエルは違った。休日を返上して仕事をする等、学院の為に自分自身の時間を犠牲にする必要性があると知っていたからこそ生徒会を避けてきたのだ。
……星影祭か。
今月、行われた入学式よりも大規模な行事の一つだ。
それは世界各地の災いを取り除いたと言い伝えられている初代聖女の誕生を祝うものだ。様々な催しが執り行われる為、問題も起きやすく、生徒会は忙しくなる。
……今年は盛大になるんだろう。
何十年以来の聖女候補が選定された。そして、彼女はアデラール魔法学院に通う一年生の平民出身だ。それだけで注目度は高くなる。
「言っていたような気がする」
「そりゃあ良かった。ほら、着替えるぞ」
「……フェリクス、適当に服を選んでくれ」
「へいへい。文句は言うなよ?」
フェリクスはダニエルの髪を撫ぜてからクローゼットに向かう。
本来、洋服を選ぶのは使用人の仕事である。
世話役として学院に滞在をしている使用人たちであるのだが、彼らが部屋を出ている間の掃除以外には接触はしていない。その為、学院で働いている者たちに依頼し、各々連れてきた使用人たちには本来の持ち場に戻ってもらった。
貴族が使用人を連れてくるのはよくある話だ。しかし、強制ではない。
ブライトクロイツ公爵家とベッセル公爵家は必要がないと判断したのならば、彼らの生活に支障が出ないように学院側が用意した使用人たちが掃除などを行う。それだけの話である。
……真剣だな。
寝転がりながらフェリクスの様子を観察する。
動きやすい服装であることを重視するフェリクスは勢いだけでその日に着るものを決めることが多い。しかし、ダニエルの洋服となると話は別なのだろう。
……いいな、こういうのも。
フェリクスの愛情が重いと感じることもある。
しかし、彼の後ろ姿を見ているだけで幸せな気持ちになるのも事実である。
……俺は幸せだよ。
二度寝をするつもりはなかったが、目を閉じた。
心の中で語りかける相手は前世の姉だ。今となっては彼らの幸福を邪魔するような存在となりつつあっても、情がないわけではない。
夢の中での再会を果たした彼女は、これから先も立ち塞がることだろう。
ダニエルの前世を知った彼女は、なりふり構わず行動を起こすだろう。
それでも、ダニエルはこの幸せを手放せなかった。
「寝てるのかよ」
「起きてる」
「あっそ。ほら、準備したぞ」
「ありがと。……はぁ、動くか」
ダニエルは面倒そうな表情を浮かべた。
それからベッドから身体を起こす。足を投げ出し、両手を伸ばしてフェリクスから洋服を受け取ろうとするのだが、フェリクスは抱えた洋服をダニエルの隣に置いた。
「なんだよ」
「動きたくねえんだろ?」
「それがどうした。この格好で行くわけにはいかないだろ」
「当たり前だ。だから、着替えさせてやろうかと」
「は? 子どもじゃねえんだけど」
「知ってる。手伝ってやるだけだろ」
フェリクスはダニエルの洋服を脱がせる。
身体が怠く、動くことが面倒だと感じているダニエルはそれを断る理由がなかった。言葉では文句を言いつつも、手伝いを受け入れる。
「……首元、隠した方が良いか?」
フェリクスはダニエルの身支度を整えると、思い出したかのように問いかけた。昨日は身体中に残っていた痕を隠そうと制服を着崩さなかったダニエルの行動を思い返しているのだろうか。
指摘をされて、思わず、首元を触る。
指で撫ぜてもわからない。しかし、昨夜の行為を思い出すのならば、ダニエルの指が触れているそこには噛み痕が残っていることだろう。
「フェリクスは隠したいのか?」
「俺は見せつけてやりてえけど? でも、ダニエルが嫌がるなら方法を考える」
「そうか。……それなら、見せつけてやるのもいいかもしれない」
フェリクスは意外そうな表情をした。
学院に通っている生徒の多くは彼らの関係性に気付いている。密かに応援をしている生徒も少なくはない。それでも、ダニエルはアーデルハイトにはこの関係が気づかれないように最善の注意を払っていた。
「フェリクス」
ダニエルは笑った。
それは悪巧みをしている時とは違う笑顔だった。
「俺と結婚しろよ。それで、俺だけを見てろ」
「……は、いきなりだろ。時期が悪いんじゃねえのかよ」
「気が変わったんだよ。嫌か?」
「嫌なわけがねえだろ。ただ、プロポーズは俺がするつもりだったってだけ」
「はは、先を越されたな?」
「まったくだ。お前は急に言い出すから反応に困るだろ」
フェリクスはダニエルの額に口付けをする。
今、唇を重ね合わしたら、生徒会の打ち合わせに遅れるのは目に見えていた。だからこその我慢だったのだろう。
「俺からも言わせてくれ」
フェリクスはダニエルの隣に腰を掛ける。
それからダニエルの手を握る。
「愛している。だから、俺と結婚をしてくれ」
「はは、当たり前だろ。真面目な顔が似合わねえぞ?」
「うるせえな。ダニエル、なにがあっても俺が幸せにするからな」
「冗談じゃねえ。俺がフェリクスを幸せにしてやるんだよ」
「はは、変なところで負けず嫌いだよなぁ」
「良いだろ。別に。互いに幸せにしてれば、二人とも幸せだ。それ以上のことはねえだろ?」
フェリクスはダニエルの身体を抱きしめる。
それに対して、ダニエルは嬉しそうに笑っていた。
「……まずはレオンハルト公子の説得か」
「兄上には俺からも手紙を送ってみる。まあ、なんとかなるだろ」
「そこで楽観視をするなよ。公爵夫妻とは比べようもないんだぞ」
「知ってる。兄上から嫌われているもんな?」
「そうなんだよなぁ。どうしてか知らねえけど、レオンハルト公子にだけは嫌われてるんだよ。あの人、兄弟愛が重すぎるんじゃねえの?」
「あぁ、それは否定できないな」
ベッセル公爵家の跡取りであるレオンハルトはダニエルのことを溺愛している。幼い頃に婚約が決まったアーデルハイトのことも同じように溺愛をしているものの、彼女の婚約に関しては最後まで反対をしていた。妹の婚約を阻止できなかった無念はダニエルに向けられた。
レオンハルトが認めた者ではなければ、ダニエルと婚約をさせない。
兄のその言葉を頼もしいと感じた両親は、ダニエルの婚約に関する事柄はすべてレオンハルトの管轄にしてしまった。
それこそが、二人が婚約をしていない最大の理由である。
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