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04-2.悪役とヒロインは分かち合えない

* * *  生徒会室で行われる打ち合わせはあっという間に終わってしまった。  昨年度よりも予算を増やさすことに対してダニエルも反対をしなかったことが大きな要因だろう。活動内容が曖昧なサークルに対し、期限までに明確な内容を表示しなければ予算を削ると通達する書面を作成しているダニエルの近くには目を輝かせているクラリッサがいる。それを妨害しようとフェリクスは立ち上がるが、ルーカスが素早くフェリクスが使っている机の上に目を通さなくてはいけない資料を積んでいく。 「ダニエル様ぁ」  クラリッサは桃色の髪を揺らしながら、ダニエルの名前を呼ぶ。  慣れた手つきで仕事をこなすダニエルはクラリッサが近づいていることに気付いていないのだろう。なにかと仕事を休もうとするが、一度取り掛かると脅威の集中力を発揮する。 「また転んじゃったんですか? 意外と運動神経が良くないんですね?」  挑発をするような言葉を選んでいるのだろうか。それとも、なにも考えていないのか。クラリッサはダニエルの頬に手を伸ばす。指が触れた途端、ダニエルの視線がクラリッサに向けられた。  冷たい視線だった。  不愉快だと訴えるかのような視線を向けられているのにもかかわらず、クラリッサは嬉しそうに笑った。自分の存在に気づいてくれたと前向きにとらえたのだろう。それすらもダニエルには不快だった。 「おい、ルーカス。ここに暇人がいるぞ。仕事を与えねえなら叩き出せよ」 「彼女の仕事は病弱な貴方の監視役ですよ」 「は? 不要な仕事に与えてやる予算はねえぞ」 「生徒会長の一存によって決められたことですので。文句がおありでしたら、どうぞ、殿下におっしゃってください」 「……チッ」  星影祭で必要となる物品が書かれている名簿を探しているルーカスは動きを止めずに言い放った。  打ち合わせだけと言っておきながらも、山になっている書類を目にすれば仕事をしないわけにはいかない。日頃の不真面目な態度とは違い、妙なところで神経質なダニエルの性格を利用したのだろう。書類の整理に追われているフェリクスもこうなることは知らなかったらしく、目が死んでいる。  ……贔屓するのは殿下の性格か?  ユリウスはアーデルハイトの婚約者だ。  親に決められた婚約とはいえ、仲は悪くはない。たまには甘い言葉を吐いたり、アーデルハイトの好きなようにさせたりと好感を抱いているかのような言動も見られていたことを思い出す。  ……この女が関わると別人みたいになる。  聖女候補は今後の王国を支えていくことになるのだろう。  歴代聖女がそうであったように、彼女も特別な力を持っている。それを大切にすることは王国の未来の為であると言われてしまえば、ダニエルは何も言い返すことができない。  それでも、好ましい状況ではなかった。 「僕の決めたことに文句があるのかな?」  ユリウスの問いかけに対して、ダニエルは面倒そうにため息を零した。  現時点ではユリウスが王太子に選ばれる可能性がもっとも高い。ベッセル公爵家の後ろ盾を持つ第一王子というだけで多くの人々は媚びを売り、彼の発言を全肯定するだろう。下手な恨みを買いたくないのは誰もが同じである。 「いいえ、なにも。殿下のお好きなようになされたらいいかと思いますよ」  淡々とした口調で言い放った。  関わることも面倒だと言いたげな表情を浮かべていたことにも、ユリウスは気づいていないのだろう。  ……様子を見るべきだ。  言い返したい気持ちを抑える。 「はいはい! ユリウス様、あたしも聞いてほしいことがあります!」  クラリッサは元気よく手を挙げて主張した。  それに対して不快そうな表情を露にしたのはユリウス以外の全員だった。役職が与えられていない生徒会役員たちも仕事に追われている中、なにもすることがないのにもかかわらず生徒会室にいることが許されているクラリッサはその視線に気づいていないのだろう。  クラリッサは平民だ。  聖女候補として注目をされているとはいえ、学院の中での身分は低いことには変わりはない。彼女に向けられている不快感を露にする視線の中には差別的なものも含まれていることだろう。 「この後、みんなでご飯にしませんか!?」 「そうだね、いつの間にかお昼になっているようだし。それもいいかもしれないね」 「えへへ、そうですよね! 今日の生徒会の仕事はここまでにしましょうよ!」  クラリッサの発言を聞き、ダニエルは机の上に置いてある時計に視線を向ける。彼女の指摘通り、いつの間にか十一時半を過ぎていた。  ……打ち合わせだけだと聞いていたのだが。  休日にまで仕事をしなければいけない状況ではないだろう。  星影祭までは時間がある。星影祭で使用される予定の予算は出し終わり、各サークルに告げる予算削減の警告も完成している。それを纏める。 「みんな、休みの日なのに申し訳なかったね。今日はこれで終わりにするよ、明日は呼び出しをしないからゆっくりと休んでくれ」  ユリウスが告げると各々片づけをし始めた。  ダニエルも書類を厳重に鍵がかけられた場所へとしまう為、整頓をしていく。 「ダニエル、片付いたか?」 「おおよそな。これ、殿下の机に運んでくれ」 「おう。他はいいのかよ?」 「残りは資料だ。本棚に戻してくる」 「わかった。転ぶなよ?」 「転ばねえよ。おい、フェリクス! 雑に持つな! せっかく綺麗に纏めたのに意味がなくなるだろうが!」  早々に片づけが終わったらしいフェリクスは書類を掴む。  その運び方に文句を言っているダニエルも立ち上がり、綺麗に整理された書類の束を纏めて運んでいく。閉じると本のような形になるからか、落としても散らばったりはしないものの、かさ張ってしまう。 「ダニエル様! あたしも運びますよ!」 「必要ない」 「ええ!? どうしてですか!?」 「うるせえな。殿下に媚びでも売っていればいいだろ」 「そういう風に見えちゃってました!? あたし、そんなつもりはなかったんですよぉ。ねえ、ダニエル様、あたしも手伝いますから怒らないでくださいよ! あっ! ちょっと、あたしを無視しないでくださいよぉ!」  素早くクラリッサが駆け寄ってきた。  ダニエルの邪魔にならないような距離を保ちつつ、話しかけることを止めない。露骨なまでに嫌そうな態度を示してもクラリッサは嬉しそうだった。  ……最悪だ。  クラリッサはまるでダニエルのことを慕っているかのように見えるだろう。  それは彼女の言動を誘導する相手がいるからこその行動としか思えなかった。異世界の聖女として暗躍をすることを選んだ前世の姉の考えによるものなのか、クラリッサの好意によるものなのか、ダニエルには区別をすることができない。  ……死んだ弟(オレ)のことなんて忘れろって言っただろ。  その言葉は伝わらなかったのだろうか。  クラリッサの言葉を無視して歩くダニエルの姿が彼女にも見えているのだろうか。答えのわからないことばかりが頭の中を支配するのは気持ちが悪い。

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