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04-3.悪役とヒロインは分かち合えない
「ダニエル様も一緒に行きますよね! あたし、美味しそうなカフェを見つけたんです。甘いものが苦手なダニエル様でも楽しめそうなところなんですよ!」
「行かねえけど」
「えっ!? どうしてですか!?」
クラリッサは驚いた顔をする。
それから本棚の鍵を確認しているダニエルの裾を掴み、上目遣いをする。
「ねえ、ねえ、ダニエル様」
媚びを売るような声色だった。
ダニエルは無視をして歩き始める。
「一緒にご飯を食べましょうよ。あたし、ダニエル様とお話をしたいんです!」
与えられた机のところに戻り、鞄を掴む。
その際、クラリッサの手を払い除けた。簡単に離れたその手を惜しむこともせず、ダニエルは既に荷物を持って待っていたフェリクスの元に向かう。
「ダーニーエールーさーま!」
大きな声をあげる。
必死に振り向かせようとしているクラリッサの姿を見ているユリウスの表情は穏やかではなかった。婚約者がいるとはいえ、平民の彼女を優先するくらいには気に入っているからだろうか。
「帰るぞ、フェリクス」
「おう。……そいつはどうするんだよ?」
「知らねえ。関係ないだろ」
「着いてきそうな勢いだけどなぁ。機嫌悪そうな顔をするなよ」
「は? なんでお前は機嫌が悪くなってねえの?」
「逆切れかよ。わかった、わかった。怒るなって」
フェリクスの腕を引っ張る。
普段ならば自分以外の誰かと話をしているだけでも機嫌を損ねるフェリクスなのだが、気にした素振りすらも見せなかった。それはそれで不満だったのだろう。
「今からデートだから。邪魔するんじゃねえよ」
フェリクスは上機嫌で言い放った。
途中、死んだような眼を浮かべていたこともあったが、それでも仕事を放棄せずに取り組んでいたのも、そこまで機嫌が悪くなっていなかったのも、朝のやり取りがあったからなのだろう。
ダニエルは察したような表情を浮かべた。
それから視線をクラリッサに向ける。クラリッサは納得ができないと言いたげな表情を浮かべている。それから言い返そうとしていた口を開いたまま、動きが止まった。
昼間から浮かべるべきではない蕩けそうな表情に変わっていく。
それは乙女ゲームのヒロインには相応しくない表情だった。
……気持ち悪いな。
出会った日のことを思い出す。
あの時も奇妙な動きをしたまま、奇妙な発言をしていたのだ。それに近いものを感じるが、クラリッサの視線はダニエルたちに向けられていないことに気付く。彼女の視線が向けられている方向に視線を向けてみるものの、壁があるだけで変わった様子はなにもなかった。
「行くぞ」
「おう。……逃げるみたいだな」
「追い回されるよりはいいだろ」
「そりゃそうだ」
二人が生徒会室から出ようとした時だった。
クラリッサが正気を取り戻したかのように口元をハンカチで拭い、先ほどよりも熱の籠った視線をダニエルに向けた。
「ダニエル様!! 聖女様にお会いになられたんですか!?」
クラリッサはダニエルに飛びつこうとした為、危険だと判断をしたフェリクスは慌てて生徒会の扉を閉めた。閉めた途端、扉に衝撃が走った。
恐らく、クラリッサが勢いのまま、扉に衝突したのだろう。
「ダニエル。丈夫そうなものを運べるか?」
「その辺にある石なら運べるが。どうするんだよ」
「時間稼ぎをしねえと危ないだろ。重荷になるものを浮かせてくれ。それで扉が開くのを妨害するぞ」
「そうか。【浮かべ】」
フェリクスは背中を扉に押し付け、開けられないように抑えている。
ダニエルは杖を振るう。すると、生徒会の近くにある教室の扉が自動で開き、中から机や椅子が浮かんでくる。ダニエルたちの近くまで浮遊してきた机と椅子を見たフェリクスは目を見開いた。
「時間を稼げばいいんだな」
フェリクスが退いた隙をつくように扉が開きそうになったが、ダニエルは素早く机や椅子を魔法で積み上げ、開かないようにしてしまう。
「備品を傷つけるような奴は生徒会にはいねえだろ?」
僅かに開けられている扉に向かって煽るような言葉を向ける。
その隙間を通じて、生徒会室の中にいる彼らの耳に入っていることだろう。生徒会室を出る機会を逃した生徒会役員の中には風属性の魔法を使う生徒もいるだろう。魔法を使えば、組み立てた机や椅子の妨害など一瞬で崩れてしまう。
騒ぎを聞きつけた教授が駆けつけてくるのも時間の問題だろう。
しかし、ダニエルとフェリクスが逃げ切る時間が稼げるのならば、手段を考えている暇はなかった。
「ははっ、最高だな、ダニエル」
「そうか?」
「あぁ! 悪巧みをしている顔も最高だよ」
「提案をしたのはお前だろ」
「それを倍にしてきただろ? だから、ダニエルは最高なんだよなぁ」
「ふうん。……デートに行くんだろ。さっさと行こうぜ」
「おう。照れんなよ、可愛いなぁ」
「うるさい」
生徒会室を後にする。
扉の奥ではクラリッサが必死になっていることだろう。
「そういえば、聖女に会ったってどういうことだ? 聞いてねえんだけど」
「悪夢を見たと言っただろ」
「あぁ、言ってたなぁ」
「最悪な夢だった。どうしようもない夢だ」
ダニエルは昨日の悪夢を忘れることはないだろう。
前世の記憶が彼の中にある限りは付きまとうことになるだろう。
「いつか、気が向いたら教えてやるよ」
今はまだ心の中の整理がついていない。
ダニエルの想いに気付いたのだろうか。フェリクスはそれでいいと言いたげな表情で頷いた。
「変な顔をするなよ。大丈夫だって。俺がお前を守ってやるから」
彼女は二人の恋を認めないだろう。
様々な妨害をすることだろう。それは彼女の正義によるものだということは頭の中では理解をしているのだが、ダニエルはそれを受け入れるつもりはない。
「ダニエルは肝心なところで失敗するからなぁ」
「うるさい。慎重すぎるだけだ」
「悪巧みをしているくせに?」
「いつも企んでいるわけじゃねえよ」
「はは、知ってる。ダニエルには俺がいるだろ? だから、一人で意地を張ってくれんなよ。一緒にいないと、つまらねえだろ?」
フェリクスはダニエルの頬に唇を寄せる。それを拒まなかったが、それ以上は進まない。追い付かれては意味がないからだ。
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