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04-4.悪役とヒロインは分かち合えない

* * *  学院の外に出る。  学院に通っている生徒たちの多くが息抜きとして出歩くことを考慮されているのだろう。少年少女が好みそうな店ばかりが立ち並んでいる。休日ということもあり、授業のある日では派手なドレスは着られない女子生徒は思い思いの格好をしている。  それは魔法学院と共に栄えた地域だからこそ見られる独特の光景だった。  ダニエルたちも人の目を気にすることなく人込みの中に入っていく。 「甘いものは好きだろ?」 「好きだな。お前ほどではないけど」 「だよなぁ。ダニエルが嫌いなのは辛いものだよな? あと、甘すぎるのは無理だって言ってたか」 「そうだな。今さら、確認をするようなことでもないだろ」  ダニエルはフェリクスの不思議そうな顔を見て笑った。  生徒会室でのやり取りが気になっていたのだろう。フェリクスはダニエルの好みを誰よりも熟知している。だからこそ、違和感を抱いていた。  クラリッサは当然のようにダニエルが甘いものを好まないと思っていた。  しかし、ダニエルは甘党である。二日に一回、自室でお茶会と称して取り寄せた菓子を食べているくらいには甘い物を好んでいる。それ以外にも毎食のデザートだけは欠かさずに食べているくらいだ。  以前、甘いものは苦手だろうとフェリクスが言っていたことがあるが、それはフェリクスが好んでいる砂糖菓子は好きではないという話だ。甘すぎないケーキやクッキーなどはダニエルも好んでいる。  ……情報源を考えれば勘違いをしてもおかしい話ではない。  前世である霧島優斗は甘いものが大嫌いだった。  クラリッサに情報を与えるのが前世の姉だからこその勘違いだろう。 「フェリクスが知っているなら問題はない」  ダニエルはフェリクスの手を握る。  関係性を知られることを恐れるのは止めた。堂々と振る舞うことでしか一緒にいられないのならば、ダニエルは覚悟を決めるしかなかった。 「そうだな。はは、ダニエル、顔が赤いぞ?」 「うるさい。気のせいだ」 「恥ずかしがるようなことでもねえだろ?」 「締まりのない顔をするなよ」 「はは、いいじゃねえか。俺の顔が好きなんだろ?」 「はあ? そんなこと言ってねえだろ!」  言い返しはするものの、手は離さない。  いつもよりも頬が赤くなっているのは人前で手を繋ぐことに対する羞恥心からくるものだろう。それに気づきながらもフェリクスはからかうような言葉を口にする。 「間抜けな顔をしやがって!」  それが好きなのだろうと言われるのは心外だと言わんばかりの声をあげる。 「そうかよ」 「なんだよ! 言いたいことがあるなら言えよ!」 「いや、別に? 間抜けな顔をしてて悪いなぁって」 「はあ? 別に悪いとは言ってねえし!」 「悪くはねえの? じゃあ、どういう意味で言ったんだよ」 「だから、その顔をするなって言ってんだよ!」  ダニエルは顔を反らす。  反射的に言い返してしまうが、フェリクスがそれを面白がって煽っているということはわかっている。それでも、素直に言うことができない。 「俺以外の奴にその顔をするなよって意味に決まってんじゃねえか。言わせんじゃねえよ。ニヤニヤするな。もういい! ケーキが美味い店に行くぞ!!」 「はは、おう。そうするかぁ」  頬の赤みを誤魔化すように、左手で顔を隠す。  それに対してフェリクスはからかおうと口を開けたが、上機嫌で肯定するだけにした。 「昼飯も食べろよ?」 「フェリクスが頼んだのを一口貰えばいいだろ」 「よくねえよ。しっかり食べねえと大きくならねえぞ?」 「うるさい。お前の背が伸びすぎているだけだ。俺は小柄なわけではない」 「いや、ルーカスよりも小さいだろ?」 「彼奴よりは低くない」 「そうかぁ? ダニエルの方が小さいと思うけどなぁ」  フェリクスの言葉に対し、ダニエルは目を細める。  それから舌打ちをした。  生徒会に所属をしている生徒たちは、成績や家柄が優れているだけではなく、その容姿も整っていることで有名である。不真面目な態度が目立つダニエルも人並み以上の容姿だ。共に過ごすことが多い友人たちに比べ、小柄である為、身長が低いと誤解されることは不名誉なことであった。 「なんだよ、そんなに気にしてるのか?」 「背が高いお前には一生わからない悩みだ」 「はは、そうかもしれないなぁ」 「チッ、いい気になりやがって!」 「悪いって。でも、ダニエルだって昔は俺のことをチビだって言ってただろ?」 「あぁ、言っていたさ! そのまま小さいままでいれば良かったんだ!」  入学をする頃には抜かされていた身長のことを思い出してしまう。  ダニエルも物凄く背が低いというわけではない。学院ではダニエルよりも背が低い同級生も少なくはない。同じくらいの背丈の同級生がもっとも多いことだろう。  それでも、フェリクスよりも背が低いという事実が気に入らない。 「あの頃のフェリは可愛かった。今は可愛げがない」 「なんだよぉ。可愛くない俺は嫌いか?」 「そうは言ってないだろ!」 「ふうん?」 「フェリクスは俺の理想だけを揃えたような奴だからな。憎たらしいとすら思うくらいだ。俺もお前みたいになりたかったのに」  心の底から思っているのだろう。  ダニエルはフェリクスの表情を盗み見る余裕すらなかった。だからこそ、フェリクスの顔が赤くなったことに気付かなかった。 「顔も良くて体格も優れてて、剣術も弓術も得意だろ? 火属性の魔法が使えるのも妬ましい。見た目も派手でかっこいいものばかりだろ。性格だって重いところはあるが、まあ、俺にとっては好ましい限りだ」  独り言のような感覚だった。  褒め殺すかのような言葉ばかりを並べている自覚はないのだろう。 「そうかよ」 「あ? なんだよ、照れてるのか?」 「見るんじゃねえ。照れるのに決まってるだろ」 「はあ? 意味がわかんねえ。俺は俺の理想を語っただけだ。それがお前そのものだから妬ましいって話をしただけだろ!」  ダニエルはフェリクスの顔を見つめる。  赤くなっている顔を隠すように背けていることが気に入らないのか、左手をフェリクスの頬に当てる。 「フェリクス」  口角をあげる。  悪巧みをしているようにも見える笑顔を浮かべる。 「お前のことが好きだから、それが理想になったのかもしれねえな」 「……わざとだろ。それ」 「当たり前だろ。照れてる顔は好きだ、もっと見せろよ」 「性格悪いぞ、ダニエル」  フェリクスは顔を反らすのを止める。二人の目が合った。

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