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04-5.悪役とヒロインは分かち合えない

「知ってる。今に始まったことじゃねえだろ?」 「はは、そりゃそうだ」 「あっ! あの店にしようぜ。目を付けていたけど、入ったことがねえし」 「……お前、生殺しにもほどがあるだろ」 「は? なにもしてねえだろ。俺の責任にするんじゃねえよ。ほら、行くぞ、フェリクス」  フェリクスの頬から手を外す。  それから文句を言っているフェリクスの言葉に耳を傾ける暇はないというかのようにダニエルは歩いていく。引っ張られるままになっているフェリクスは不満そうな表情を浮かべてはいるものの、大人しく着いていった。 「二名様でございますね?」 「おう。人が少ない席は空いているか?」 「申し訳ございません。ただいま、店内の席は込み合っておりまして、テラス席でしたら落ち着いた時間を提供することができます。もし、よろしければ、そちらのご利用はいかがでしょうか?」  店内から飛び出てきた従業員はダニエルの表情を窺うように提案をする。  小柄なダニエルでは従業員越しの店内の様子を見ることができなかったが、後ろに立っているフェリクスにはまだらにしか席が埋まっていないことが視えていた。私服とはいえ、魔法学院の生徒であるダニエルたちを客寄せとして使おうと企んでいるのだろう。  容姿の整った彼らは人の目に留まりやすい。  とはいえ、学院の関係者だけではなく、貴族ならば彼らが誰であるのかも見抜いてしまうだろう。 「どうする? フェリクス」 「雨も降らねえだろうし、テラスでもいいんじゃねえの」 「そうか。案内をしてくれ」 「ありがとうございます。それではご案内をさせていただきます」  フェリクスは従業員の企みに気付いていながらも指摘しなかった。  なにも疑うことなく従業員の後ろを歩くダニエルに対し、少々、心配そうな目を向けていることにも彼は気づいていないのだろう。 「こちらでございます。注文がお決まりになりましたら、こちらの呼び鈴で及びくださいませ」  案内をされたのは人目が集まりやすそうな場所だった。  ダニエルとフェリクスしかいない静かな場所ではあるのだが、案内された途端にダニエルは眉間に皺を寄せた。しかし、フェリクスは当然のように座った為、ダニエルも腰をかける。  ……静かなのはいいんだけどさ。  わざわざ、通路側を案内されたような気がしていた。  昼食の時間帯の為か、学院に通っているのだろう少年少女たちの視線が気になる。早くも注目を集め始めていた。 「騙されたような気がする」 「気づかねえから悪いんだろ」 「はあ? なんだよ、フェリクスは気づいていたとでも?」 「あぁ、店内を覗いても混んでなかったからな」 「言えよ!」  ダニエルの言葉にフェリクスは笑う。  それから、ダニエルを宥めるかのように机に置いてあったメニューを見せる。 「ダニエルが好きそうなものばかりだろ?」 「……だから、なんだよ」 「静かな席で食べる方がいいんじゃねえの。急に混んできたみたいだしな」 「あー……。まあ、それはそうだけど」  怒る気力もなくなったのだろう。  それよりもメニューが気になるようで大人しくなった。 「……決まったか?」  十分ほどメニューを睨んでいただろうか。  フェリクスは満足そうな表情を浮かべたダニエルに問いかけた。 「おう。待たせたな」 「問題ねえよ」 「フェリクスは?」 「適当に頼む」 「ふうん」  興味がないのだろうか。  ダニエルは呼び鈴を振る。すると、待っていたと言わんばかりに先ほどの従業員が近寄ってきた。 「お待たせいたしました。ご注文を伺います」 「サンドイッチと紅茶」 「ドライアドが作ったリンゴのパイとトワイフル。蜂蜜入り紅茶も」 「かしこまりました。少々、お待ちくださいませ」  メニューを渡すと従業員は頭を下げて、戻っていく。  ……赤くもなるわけだよな。  従業員の頬が赤くなっていたことには気づいていた。しかし、ダニエルは彼女の視線が自分自身に向けられていたものだとは思いもせず、フェリクスを見ていたのだろうと判断をしていた。  ……気に入らねえ。  見当違いな嫉妬心だった。  ダニエルはフェリクスの足を突く。 「フェリクス」 「ん?」 「遠いんだけど」 「へいへい。これでいいか?」  フェリクスは身を乗り出す。  それに対してダニエルは満足をしたような表情を浮かべ、フェリクスの頬を両手で掴み、唇を合わせる。人目を集めやすいテラス席だということを配慮したのか、それは数秒にも満たないものだった。  触れるだけのキスをして、満足をしたように手を離した。  フェリクスは姿勢を戻す。それからダニエルが満足そうな表情をして、先ほど、従業員が向かっていた扉の方に視線を向けているのを観察していた。  ……やっぱり見ていやがったな。  注文を通したのだろうか。  店内の忙しさには気づいていなかったとは思えないが、従業員は二人しか客のいないテラス席と厨房を繋ぐ扉の付近で立ち止まっていた。  ……フェリクスは渡さねえ。  興味がなくなったかのようにダニエルは視線を戻す。  自分のものであると主張するような行為をしたのは牽制の為だったのだろう。 「満足したか?」 「は? 俺はしたかっただけだからな」 「そうかぁ。珍しいなぁ?」 「珍しくねえよ。俺だって自分からしたくなる時だってあるんだよ。……なんだよ。なにがそんなに嬉しいだよ!」 「嬉しくもなるだろ。すげえ可愛いことをしてくるんだからさ」 「はあ? 可愛くなんかねえし!」  ダニエルの頬が赤くなる。  それに対し、フェリクスは手を伸ばす。ダニエルの頬を撫ぜるように触れる。 「はは、可愛いなぁ。俺以外には見らねえように閉じ込めたいくらいだ」  甘い言葉を吐くような表情だが、穏やかな言葉ではない。  フェリクスは従業員に興味を示さなかった。しかし、内心では穏やかではなかったのだろう。

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